逆走!アカデミー賞

米・アカデミー賞を何処までも逆走していく、少しのネタバレと少しの熱さの、ゆるい映画紹介ブログです。

映画『ROMA/ローマ』アルフォンソ・キュアロン監督の原点にして集大成!ルーツを辿って見つけたのは新たな家族の形【第91回アカデミー賞】

『ROMA/ローマ』

 

第91回アカデミー賞(2019年)

 

★【監督賞】

★【撮影賞】

★【外国語映画賞】

 

引用:NETFLIX

 

監督:アルフォンソ・キュアロン

製作:ガブリエラ・ロドリゲス、アルフォンソ・キュアロン、ニコラス・セリス

製作総指揮:ジェフ・スコール、デヴィッド・リンド、ジョナサン・キング

脚本:アルフォンソ・キュアロン

撮影:アルフォンソ・キュアロン

美術:エウヘニオ・カバレロ

衣装:アンナ・テラサス

編集:アルフォンソ・キュアロン、アダム・ガフ

キャスト:ヤリッツァ・アパリシオ、マリーナ・デ・タビラ、マルコ・グラフ、ダニエラ・デメサ、カルロス・ペラルタ、ナンシー・ガルシア、ディエゴ・コルティナ・アウトレイ

 

 

これは良い映画でしたね〜。

ただ、アレなんですよね。

普段シネコン(イオンとかの商業施設の中にあるスクリーンが沢山あるタイプの映画館)で上映されてるような作品しか観ないという人にはちょっとアレかもしれないんですよ。

まあ言ってしまうと、地味なんですよ、この映画。

もうね、シネコンで上映されてるような娯楽作と比べると、とにかく地味なんですよ。

でもすごく良い映画!

とある一家とそこで働くお手伝いさんとの生活や関係性の変化を描いた作品です。

しかも画面はモノクロ(白黒映画)だし、ハリウッド映画のようなハッキリとした物語もなくて、まるでアート映画のような雰囲気すら漂わせる作品なんですよ。

しかも言語が英語じゃなて全編スペイン語に、場合によってはミシュテカ語という先住民の言葉です。

 

そして僕らからして有名なキャストは誰1人出ていません。

 

だからぱっと見は地味に見えるんだけど、実はその中にはとても映画的な豊かさと暖かい「まなざし」が詰まった作品で、観終わったらなぜか自然と感動しているんですよね。

しかし普段あまりこの手の映画を観ないような人がなんの予備知識も無しに観るよりは、この作品が「誰の、そしてどんな想いが込められて作られたものなのか」ぐらいは最低限知っておいた方が絶対に良いと思います。 

 

めんどいから、いきなり観てもいいかって?

 

もちろん、それでも全然良いと思います。

そこはやっぱ好きなように観て欲しいですから。

でもそれで、アカデミー賞で話題になったからとりあえずで観てみたけども「なんか退屈だった」「つまんね」で終わってしまったらもったいない作品だと思うんで出来ればこの記事を読んで見所をなんとなく掴んでから観賞して欲しいですね。

そこまで長くならないようになるべく紹介したいと思うんで、是非。

 

しょうがないな、って?

 

ありがとうございます!

 

 

 

あらすじのような概要

70年代初頭、政治的混乱に揺れるメキシコ・シティが舞台で、割と裕福そうな中産階級の家で住み込みの家政婦として働いているクレオという若い女性が主人公です。

朝早くから夜遅くまで家事や家の子供達の世話に追われる生活や、恋人のフェルミンとの束の間の楽しみと休息を、そして雇い主の一家との関係性の変化をモノクロームの向こうに鮮やかに描いていくんです。

 

しかし、文字で書いてみると、ほんと地味ですよね。

家政婦は毎日大変ですよ〜って、これだけの話ですからね。笑

 

でも、映像や音で丁寧に丁寧に描くと、これがちゃんと感情のこもった素晴らしい作品になるんだから映画ってやっぱすごいんですよ。

 

主な登場人物&キャスト

 ヤリッツァ・アパリシオ

引用:NETFLIX

劇中では田舎から出てきた住み込みの家政婦で先住民の若い女性クレオを演じています。

 

メキシコの女優さんでこの作品で女優デビューを果たし、なんと今まで演技経験のなかった彼女が初めての映画でアカデミー賞を始め様々な賞にノミネートされました。

先住民の両親を持ち、父親はミシュテカ、母親はトリケ族です。

 

●  マリーナ・デ・タビラ

引用:NETFLIX

劇中では家の主人である夫アントニオの妻ソフィアを演じています。

 メキシコの女優さんで、舞台の世界でキャリアを積み、メキシコ監督の映画にも出演しています。

この作品の演技が評価されるアカデミー賞の【助演女優賞】にもノミネートされ国際的な知名度を得ました。

 

●  フェルナンド・グレディアガ

引用:NETFLIX

 

劇中では男性的、父権的な家の主人アントニオを演じています。

 

 ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ

引用:NETFLIX

劇中ではクレオの恋人である無責任な男フェルミンを演じています。

ある意味、体を張った演技をします。

 

観る前に知っておくべきこと

 

監督について(重要)

とにかくこの映画、まずは監督のことを知るのが1番早いです。

じゃあそれで誰なのかと言うと、アルフォンソ・キュアロンという監督です。

代表作は『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』『トゥモロー・ワールド』、そしてなんと言っても『ゼロ・グラビティ』では第86回アカデミー賞に10部門ノミネートされ、その年の最多の7部門を受賞してますからね。

ちなみにその時にも【監督賞】を獲得してます。

つまり今や作品を作れば注目されるような映画監督なわけです。

 

それで、なぜこの映画を楽しむためにはアルフォンソ・キュアロン監督を知るのか1番早いかと言うと、この映画ってキュアロン監督もの凄く個人的な作品なんですよ!

具体的にはこの映画の舞台となる家や設定って、監督の子供時代のことなんですよ。

ちなみにどれぐらい個人的な作品かと言うと映画で出てくる内容の9割は事実とのことだからすごいですよね。笑

監督もインタビューなどで色々なところで言ってますが、「今までの作品とは違い、1番自由に作った」と言ってるぐらい監督個人の様々なものがダイレクトに投影されてるんです。

だから、この映画を知るには画面上での物語や展開などだけを見て追って考えるよりもキュアロン監督がどんな想いを込めて作った映画かを知るのが1番早いんじゃないかと思います。

 

家政婦はいた!

 

なんですか?

 

全然、タイトルのそれ、全然だよ、って?

 

いいじゃないですか、自分でも分かってますよ…ほんの出来心ですよ…!

 

えー、はい、無かったことにして進みます。

 

この主人公のクレオという家政婦さんは本当にいた人なんですよ。

実際にはリボリアという名前で、キュアロン監督が物心ついた頃からすでにその家で働いていて、ずっと身の回りの世話をしてくれていたんです。

家政婦とかお手伝いさんとか、今となってはなかなか馴染みはないんですけど、様々な理由で田舎から都会の少し裕福な家へ10代の女の子が住み込みで働きに出るというのは昔は割とよくある事だったようですね、それはメキシコだけじゃなく日本もです。

リボさんは子供達にとても愛情を込めて接してくれて、子供の頃のキュアロン監督も強い絆を持つことが出来たと言っています。

 

ちなみにこの映画の家政婦のクレオ"ヤリッツァ・アパリシオ"をキャスティングしたいくつかの理由の1つに「リボさんとルックスが似ていたから」というのがあるそうですよ。

 

冒頭クレオが床を掃除してる様子、気持ちまで下を向いている

引用:NETFLIX

 

メキシコの階層社会

 

この映画の中で出てくる家は、白人の家族とその世話をする先住民のお手伝いさん達が住んでいます。

白人の御主人様に使える先住民という、いわゆる階層がこの家の中にはあります。

そして、その階層の構図というのは1つの家の中だけの話じゃないんですよ、メキシコという国全体に階層社会として根付いてしまってるんです。

かつてメキシコの地で栄えていたアステカ帝国をスペインが滅ぼし、そこからメキシコは長い間スペインの植民地でした。

元々あった先住民の文化の上に、スペイン人が持ち込んだ白人文化を上塗りされて今につながるような独特なメキシコ文化になっていったわけですが、メキシコが独立した後も文化と共に当然のように社会的な階層も残ってしまったんですね。

とは言えこの映画はそういう問題が声高に描かれることは決してありません、なのに背景として浮かび上がってくるんですよ。

子供の頃のキュアロン監督の記憶と若かった頃のリボさん(クレオ)の記憶を丁寧に描いたら必然的に階層社会の当時の混乱した状態が浮かび上がってくる、だってそれが事実なのだから、その物言わぬ説得力がこの作品のすごいところです。

そしてそれはキュアロン監督がこの映画を作ろうと思った大きな理由にもなってるんです。

 

 

なぜ今この映画を作ったのか

 

という質問に対して、「歳だからかな」とインタビューで答えてたのにはちょっと笑いましたね。

まあ、つまりいつのまにやら歳も50を過ぎて映画監督としてそれなりのキャリアを積んできてふと立ち止まってみた時に自分は誰でどこから来たのか、あらためて自分自身と向き合うために自分を形作ったルーツを振り返るために作られた映画なんですよ。

そのルーツを辿って行き着いたのがキュアロン監督が子供の頃に住んでいたメキシコシティの家での生活だったんですね。

ちなみに『ROMA/ローマ』というタイトルですが、これはあのイタリアのローマではなく、キュアロン監督が子供の頃住んでいたメキシコシティのコロニア・ローマ地区のローマから名付けられています。

 

そのキュアロン監督が子供の頃のメキシコ、1960年代後半から70年代初頭のメキシコというのはすごく政治的に混乱してる時代なんですよ。

一党独裁とも言える状態が長く続いたことで民衆の不満が溜まった状態に経済格差の広がりやそこに目を向けさせないための人気取りとしてオリンピックワールドカップを開いたことで火が付いて政府と民衆が激しく対立してました。

その対立が極に達するのが1971年に起きた“コーパス・クリスティの虐殺”いわゆる「血の木曜日事件」で、僕はこの映画を観るまではメキシコでそんな事が起こっていたなんて知らなかったんですが、その日、政府への反対運動をしていた学生などが120人近く殺害された事件です。

この映画でも「血の木曜日事件」と思われる出来事を目の当たりにしてしまうというショッキングなシーンがあるのです。

 

ちなみにもう少し調べたら(はい、Wikipediaですけど?)1968年にも「トラテロルコ事件」と言われるこれまた軍や警察組織による学生や民間人への3、400人規模の大虐殺があったというから、ちょっとびっくりしましたね。

(しかも信じられない事にメキシコオリンピックが開会する約10日前に起きている…)

 

それぐらい社会が混乱していた時代のメキシコシティに暮らしていながら、また、キュアロン監督の家族も両親の離婚で崩壊しながらも、子供の頃の自分を何不自由なく支えてくれた2人の女性について自分のルーツを確認する中でキュアロン監督は思いが至っていきます。

母親と家政婦のリボさんですね。

キュアロン監督は色々な事を知り大人になった今振り返ると、「子供の頃はメキシコの階層社会や先住民のこと政治的なことなど全く何も知らずに無邪気に暮らしていた事、その無邪気な暮らしの土台には白人という守られた特権階級があった事など考えもしなかったんだ」とインタビューで言っています。

キュアロン監督は、子供の頃の自分には分からなかったけど、彼女たちにも母親として、家政婦としての顔以外に1人の女性として1人の人間としてあの時代を生きてきた辛さや葛藤があったはずだと考えたんですね。

だから、今は高齢となったリボさんに何度も何度も話を聞きに行き、何度も何度も自分の記憶もほじくり返し、何度も何度も自分と向き合う、その作業はとても大変でキュアロン監督はこの作品の脚本を書き上げるまでに2年以上かかったそうです。

 

そしてやがて映画を完成させるわけですが、自分とひたすら向き合うという苦行に投げ出す事なくやり遂げたその原動力の大きな1つは「罪悪感」だとキュアロン監督はインタビューで言ってるんですよね。

当時は無条件に愛情を注いでもらっていた立場、そして今となっては振り返って話を聞いて「知る」だけしかできない事への「罪悪感」。

 

この映画を観ると、その「罪悪感」が何かまるで立ち入り禁止のロープを張ってるかのような映像の独特な“距離感”、後になって「知る」ことは出来てもその当時に何かしてあげることは決してできないという部分。

そして一方では、大人になり映画作家として成功した自分が今してあげることの出来る最大限の敬意。

それらが入り混じった映画となってるんです。

 

モノクロなのに新しい、独特な世界

モノクロ映画というと、白と黒!という感じでコントラストが強調されたような画面を思い浮かべる人も多いかもしれないですが、この映画のモノクロというのはそういうのとはちょっと雰囲気が違うんです。

 

観た人なら分かると思いますが、画面の全てが凄く鮮明に映し出されてますよね!?

 

まずこの映画は65ミリフィルムのカメラで撮影されてるんですよ。

フィルムで撮影するにしてもそれより小さい35ミリフィルムが割と一般的なんだけと、それよりも大きな65ミリフィルムを敢えて選んでいます。

それは解像度の高さ、つまりすっごい高画質ってことですね。

だからほんとに細かな質感とかも潰れることなく映像に収められてます。

しかも被写界深度が深い、と言うのは手前にあるものや奥にあるもの全部にピントが合ってる状態で、つまり画面の隅々までバッキバキな映像ということです!

それなのにこの映画、モノクロ作品なのが面白いんですよね。

65ミリフィルムによって白と黒の間にあるグレー部分の色味のとにかく幅の多さが画面上にバキッと表現されてるんですよ。

ちなみにフィルム撮影にモノクロときたら昔風のクラシカルな印象ですが、実はCGや合成などデジタル技術を駆使して鬼のような調整の元に完成された映画なんです。

特に光に関しては、この映画にリアリティを与えてくれるパッと見本当に自然的としか言いようのない光も、「僕たちが普段見ているカラーの世界じゃないモノクロの世界なのにまるで自然に感じられる光」という調整にとても気を使っていて、デジタルで合成処理をしたり組み合わせたりしてます。

そうやって作り上げられたバチっと全てが鮮明なキュアロン監督のモノクロは、例えば第84回アカデミー賞作品賞に輝いた『アーティスト』の古典的な味わいのモノクロと、同じモノクロ映画でも方向性が全く違うというのも面白いんですよね。

どちらも作品のテーマと方向性がマッチしてますからね。

 

どこまでも鮮明な美しいモノクロ

引用:NETFLIX

なぜモノクロ映画なのか

なぜわざわざモノクロ映画にしたのかって?

 

確かに素朴な疑問を感じる人も多いですよね。

 

なんとなくオシャレそうだから?

 

いやいやそんな訳ないですよ。笑

 

ちゃんと、明確な理由があるんだけど、その前にあの独特なカメラワークについても触れておきたいですね。

この映画は登場人物をクローズアップで映すシーンはほとんどありません。

むしろ登場人物達から少し離れた、常に一定の距離を置いて撮影してるんですよ。

あと、カメラの動きですね、ほぼ人の目線と同じ高さで水平方向にしか動かないという非常に独特なカメラワークになってます

 

ここで最初の疑問に戻ります。

なぜモノクロ映画なのか。

なぜこの映画の画面内では登場人物から常に一定の距離を置いているのか。

なぜ、水平方向にしかカメラが動かないのか。

 

全部同じ理由なんですよ。

 

それはキュアロン監督の過去の思い出の世界だからです。

何も知らなかった子供時代とは違い大人になり色々な事を知り、自分のルーツを探る中でもまた色々な事を知る、そして自分を形作ってくれて人達の苦労に思いが至る。

しかし、知ることは出来ても結局は何もしてあげることが出来ない過去の世界。

つまり、ただ見ていることしか出来ない世界。

キュアロン監督から見る過去の光景を表現してるんです。

だからモノクロなんですよ、だから登場人物から常に一定の距離を置いてるんですよ、人の目線の高さの水平にしか動けないんですよ。

キュアロン監督自身も「幽霊みたいになって過去へ戻ったような感じ」とインタビュー言っています。

 

しかもキュアロン監督自身がカメラを撮影し、アカデミー賞の【撮影賞】まで受賞してるんですよね。

本当は監督の盟友でよくタッグを組むエマニュエル・ルベツキという撮影監督が今回も撮影を担当する予定ですだったのがどうしてもスケジュールが合わなくて参加できず、急遽キュアロン監督自身でカメラを回して撮影しすることになったんだけど、たまたまそうなったとは言え今回に関しては絶対にそれで良かったと思いますね。

まさにキュアロン監督が自分で本当に過去を覗いてるという構図がもたらす説得力、その目線の映像を僕らも味わうことができるのです。

 

そこが重要で、この作品はキュアロン監督がひたすら過去を見る、まなざしの映画と言えるんです。

 

この映画に込められたまなざし

この独特なカメラワークとモノクロの世界観は、過去をただ見ることしか出来ないキュアロン監督の目線と言いましたね。 

いくら過去の事を描くとはいえ映画ですよ、例えばもっと登場人物の内面や心情にフューチャーするような入り込むような作りだっていくらでも出来たのに敢えてそれはしないんですよ。

 

自分の過去ですよ、今の自分をかたち作ってくれたリボさんや、母親など、何か思わず手を差し伸べたくなるじゃないですか。

 

しかし、幽霊のようにただ見るだけしか出来ない自分という枷を設けて映画を作ってるんですよ、自分の過去、自分のルーツにどれだけ真摯に向き合ってるんだキュアロン監督は…!と思わずにはいられないです。

 これはこれで、人知れず辛い部分もあったと思います。

 

でもね、たとえ見るだけしか出来なくても、そのまなざしの変化で伝えれることもあるんです。

 

カメラは人物から距離を置いて水平にしか動かないと言いました。

でも実はこの映画の中で例外的に水平方向じゃなく上下の方向、または人物に寄るというショットが数回出てきます。

もちろん、その全てがキュアロン監督の過去を見つめる「まなざし」の変化にとって重要な意味があってやっていることです。

ちゃんと変化の節目節目でそういった例外的なショットが出てくるようになってるんですね。

 

例えば、上下方向で言えば、最初ですね、映画のオープニングは「下」を向いたショットから始まります。

主人公の家政婦のクレオが床のタイルを掃除していて、タイルに張られた水に反射して写った空に飛行機が飛んでくるところでROMAというタイトルが出てくるシーンです。

この映画って、順撮りで撮影されてるんですよ。

順撮りとは、物語の進行通りに順番撮影していくことです。

 

普通そうなんじゃないの、って?

 

そうでもなくて、順撮りの方が珍しいんですよ。

映画というのはキャストやスタッフのスケジュールや予算や日数など諸々の事情で撮れるシーンから効率よくまとめて撮影していくのが普通なんです。

つまり順番はバラバラなのが普通です。

だから、さあ今日から映画の撮影を始めますという時にいきなりクライマックスやラストシーンから撮影することも全然珍しくないんですよ!

 

でもこの映画は順番に撮影することに意味があって、要はキュアロン監督が自分の過去を振り返ったり、リボさんに色々な話を聞いたり、それによって自分のルーツが確かなものになっていく様子をこの映画では「まなざしの変化」という形で僕らも共有できるようになってるんです。

だから最初は下を向いたショットから始まるんです。

まだ何も知らない僕らにとっては床のタイルの犬のうんこを掃除するただの家政婦さんだから。

そしてその家政婦のクレオもどこかうつむいたような印象で、監督によればモデルになったリボさんも当時はよく下を向いていたそうです。

 

そして中盤ではクレオが恋人と過ごす時、ここでも距離を置いた水平方向ではなく例外的にカメラが顔に寄っています。

家政婦としての存在ではなく1人の女性としての顔を持つことを知る意味でも、彼女の顔にカメラが寄るということは重要なんです。

 

そして、クレオにとある悲劇が起こった後にも、座ってうつむく彼女の顔にカメラが寄っています。

あの頃、キュアロン監督含め子供達には見せていなかったクレオの痛みを知ることになる重要な場面です。

 

さらに終盤、車の後部座席に座るクレオの穏やかな表情にカメラが寄っています。

海で溺れそうになっている子供達をクレオが身を呈して助けた後です。

つまり波によって洗われた「ザ・洗礼」とも言えるシーンの後の表情です。

もうここまで観たのなら、この時クレオがどういう存在になったのか、監督のまなざしの変化のどういう節目の場面なのかは感じとれますよね。

 

そして最後、上下方向で言うところの上方向へ初めてカメラが動いていきます。

そこには洗濯物を手に階段を登るリボさんが映されています。

そして今度は本物の空に飛行機が飛んできたところでROMAというタイトルが出ます。

これは映画の1番最初と1番最後、つまり変化のスタートとゴールが完全に対となる構成になってるんです。

この映画を観終わる頃には、キュアロン監督のクレオ(の元になったリボさん)へのまなざしが下から上へと変化して過程をまるで自分のことのように感じれるんじゃないでしょうか。

 

「変化」とは下と上のあいだ、黒と白のあいだ、無知と理解のあいだ、そこでこそ起こるものなんじゃないでしょうか。

この映画は真っ二つにすることのできない「あいだ」を描いてますね。

 

そして、その過程を描き切るためにキュアロン監督はこれまで培ってきた映画の経験を大いに活用してるのです。

本作屈指の名シーン   引用:NETFLIX

キュアロン監督といえば

 

おそらくアルフォンソ・キュアロンといえば、『ゼロ・グラビティ』での宇宙を舞台とした徹底的に作り込まれた圧倒的な映像体験を覚えている人も多いと思います。

なので映像作家的なイメージを持っている人がも多いかもしれませんね。

確かにそうで、作品ごとに毎回盟友ルベツキ撮影監督と共に映像にこだわっていて観客に驚きを与えてくれます。

 

なので、前作、前々作と、映像的にトレードマークとなるようシーンが印象に残るSF映画だったので、この『ROMA/ローマ』は意表を突かれましたね。

 

ちなみに映像で1番の特徴は「長回し」と呼ばれる撮影方法で、カットを割らずにずーっと撮り続けるんですよ。

その間、観てる人の緊張感も持続すると一般的には言われています。

ちなみに複雑なシーンになればなるほどめちゃくちゃ「長回し」は大変です。

キュアロンは、その「長回し」を好んで取り入れる監督でもありますね。

 

あと、キュアロン監督のここ何作品か「水」というのがすごく大事な役割を果たしてますね。

「生と死」や「内面的な生まれ変わり」や「再生」を示すような場面、そこには必ず「水」に関係する何かがあります。

 

そしてキリスト教的なモチーフや背景を感じさせる演出や表現がどの作品にもありますね。

 

あと、女性が重要な役割を果たしているのも多くのキュアロン作品に共通するところです。

強い女性、無責任な男に振り回される女性、女性を通しての「死」と「再生」など、キュアロン作品には欠かせないテーマの1つとなっています。

 

そして、じゃあこの『ROMA/ローマ』はどうなのかという話なんですが。

 

原点であり集大成

これが面白くて、さっき言ったいくつかの主な要素はもちろん、それ以外の作品の要素も沢山入っていて、これでのキュアロン作品のほとんどの何かしらの要素が入ってるんじゃないか?と思ってしまうような最新作になっていたんですよ、この『ROMA/ローマ』という映画は。

 

この映画はキュアロン監督が自分のルーツを確かめるための作品だということは説明してきたと思いますが、子供時代の暮らしの中に今のキュアロン監督を特徴付けるいくつもの要素があったことが分かります。 

ああ、原点はここだったんだな、と。

 

中でも今のキュアロン監督につながる1番大きなきっかけは、劇中で家の子供達がクレオに連れて行ってもらって映画館に『宇宙からの脱出』というアメリカ映画を観に行くところですね。

キュアロン監督は当時この映画を観に連れて行ってもらったことで、自分も映画監督になりたいと思ったと言ってるんですよ。

つまりそれだけ取ってみても家政婦のリボさんがキュアロン監督に与えた影響の大きさが分かります。

しかもその時観た『宇宙からの脱出』という映画は、『ゼロ・グラビティ』の元ネタになっている映画なんです。

 

そして、身勝手な男に振り回されたり傷付けられながらも立ち直り再起を果たす「強い女性」という特徴も、劇中のクレオと母親という2人の女性の姿を見ていたら後にキュアロン監督の様々な作品に登場する女性像に影響を与えてることも分かります。

 

「水」によって表現される「生と死」、からの「再生」は、あの終盤の浜辺での体験を見れば明らかですよね。

 

キュアロン監督の美しい映像はなぜ美しいのか、それは美しい出来事が収められているからこその映像だから。

 

こんな感じでね、キュアロン監督が過去の子供時代を振り返り「自分」というものを確認していくと、映画作家としての原点が詰まっていたんです。

 

その原点と現在の自分とのつながりを映画という1つの作品として表現したら、ちゃんと場面ごとに必要性を持って使われる「長回し」や、キリスト教的なモチーフや演出がそのまま重なる出来事の数々、登場人物たちの設定や葛藤など、結果的にはキュアロン監督の今まで映画でやってきたことの集大成と言える作品になったことが、この映画を特別な1本にしている部分だと思います。

 

おわりに

 

長くならないように紹介すると言ったのは何だったのか、というぐらい普通に長くなりましたね。 笑

 

それだけ中身の濃い映画だったということです!

 

この映画の最後に「リボへ」と、文字が出てきます。

大人になったアルフォンソ・キュアロンからの最大限の敬意と愛が込められた作品だと思います。

タイトルの『ROMA/ローマ』、原題はそのままの『ROMA』ですが、おそらく、それは住んでいた場所のコロニア・ローマ地区からきているだけじゃないと思うんですよ。

ROMAは逆から読むとAmor/アモール「愛」という言葉になり、この映画を観た人なら単なる男女の愛という以上にとても大きな意味の「愛」が描かれている作品なのは分かりますよね。

そして、ROMAという一言の言葉が持つ、語感と言ったらいいのかなんというか、リボさんに向けて「あなたは私達の家族であり、あの頃のROMAは共通の我が家(ホーム)」みたいなニュアンスも感じて、とてもしっくりくるタイトルだと思います。

 

どうでしょうか、こうやってアルフォンソ・キュアロン監督自身のことや込めた想いを紐解いていくことが、そのままこの『ROMA/ローマ』という映画を理解する1番の近道というのが分かってもらえたかと思います。

それぐらい監督の個人的な映画、その個人的な想いに対して本当に真摯に作られていたならば、その中心となる大事な部分は監督と思い出を共有していないはずの僕ら観客にも不思議と国境や人種を超えて必ず伝わってくるものがるんですよ。

それは凄いことですよね。

 

こういうタイプの映画もあって、そういうパーソナルな映画でしか辿り着けない鑑賞後の余韻、つまり楽しさというのもある。

これは普通の娯楽作品の瞬間的な楽しさとは全く違うタイプの感覚です。

そしてその余韻や楽しさを味わうためには、ある程度観る人の前のめりな姿勢が必要だということ、向こうからやって来ることは無いんです、まさに自分から辿り着いていくようなつもりで映画鑑賞するときっと味わえるんじゃないかと思います。

 

まあ、そんな感じのことを収穫にしてもらえれば幸いですね。

 

 

あと、観た人の誰もが印象に残る棒を振り回しながら棒が振り回されるという男性的マチズモが滑稽に描かれた名シーンもあるんで、楽しんで下さい。笑

 

 

あと、Netflix配信作品なので、Netflixに契約してる人は誰でも今すぐ観ることができますよ!

 

ただ、注意点として、元々この映画では外国語で地味でモノクロということで劇場上映だとアメリカでは上映してくれる劇場が少ないだろうと考えて、より多くの人に観てもらえる環境を求めてNetflix配信という形にしたみたいです。

しかし、皮肉なことに映画館でとても似合う作品になってて、Netflixで観た後にアカデミー賞のタイミングで日本でもラッキーな事にちらほら劇場公開をしていたので観賞したんだけど、映画館で観る『ROMA/ローマ』はめちゃくちゃ良いです。

だからNetflixとはいえ、なるべく集中できる環境で観た方が良いと思います。

あと、モノクロなので部屋は絶対に暗くした方が良いです!

 

 


『ローマ』予告編|Roma - Trailer HD

 

 

第91回アカデミー賞(2019)全受賞作品&ノミネート作品一覧

 

★作品賞★

【受賞】「グリーンブック」

〜以下ノミネート〜

「ブラックパンサー」

「ブラック・クランズマン」

「ボヘミアン・ラプソディ」

「女王陛下のお気に入り」

「ROMA  ローマ」

「アリー   スター誕生」

「バイス」

 

★監督賞★

【受賞】アルフォンソ・キュアロン

「ROMA  ローマ」

〜以下ノミネート〜

スパイク・リー

「ブラック・クランズマン」

パベウ・パブリコフスキ

「COLD WAR   あの歌、2つの心」

ヨルゴス・ランティモス

「女王陛下のお気に入り」

アダム・マッケイ

「バイス」

 

★主演男優賞★

【受賞】ラミ・マレック

「ボヘミアン・ラプソディ」

〜以下ノミネート〜

クリスチャン・ベール

「バイス」

ブラッドリー・クーパー

「アリー  スター誕生」

ウィレム・デフォー

「永遠の門   ゴッホの見た未来」

ヴィゴ・モーテンセン

「グリーンブック」

 

★主演女優賞★

【受賞】オリビア・コールマン

「女王陛下のお気に入り」

〜以下ノミネート〜

ヤリッツァ・アパリオ

「ROMA  ローマ」

グレン・クローズ

「天才作家の妻  40年目の真実」

オリビア・コールマン

「女王陛下のお気に入り」

レディー・ガガ

「アリー  スター誕生」

メリッサ・マッカーシー

「ある女流作家の罪と罰」

 

★助演男優賞★

【受賞】マハーシャラ・アリ

「グリーンブック」

〜以下ノミネート〜

アダム・ドライバー

「ブラック・クランズマン」

サム・エリオット

「アリー  スター誕生」

リチャード・E・グラント

「ある女流作家の罪と罰」

サム・ロックウェル

「バイス」

 

★助演女優賞★

【受賞】レジーナ・キング

「ビール・ストリートの恋人たち」

〜以下ノミネート〜

エイミー・アダムス

「バイス」

マリーナ・デ・ダビラ

「ROMA  ローマ」

エマ・ストーン

「女王陛下のお気に入り」

レイチェル・ワイズ

「女王陛下のお気に入り」

 

★脚本賞★

【受賞】「グリーンブック」

ニック・バレロンガ 、ブライアン・カリー 、ピーター・ファレリー

〜以下ノミネート〜

「女王陛下のお気に入り」

デボラ・デイビス 、トニー・マクナマラ

「魂のゆくえ」

ポール・シュレイダー

「ROMA  ローマ」

アルフォンソ・キュアロン

「バイス」

アダム・マッケイ 

 

★脚色賞★

【受賞】「ブラック・クランズマン」

チャーリー・ワクテル 、デビッド・ラビノウィッツ 、ケビン・ウィルモット 、スパイク・リー

〜以下ノミネート〜

「バスターのバラード」

ジョエル・コーエン 、イーサン・コーエン

「ある女流作家の罪と罰」

ニコール・ホロフセナー 、ジェフ・ウィッティ

「ビール・ストリートの恋人たち」

バリー・ジェンキンス

「アリー  スター誕生」

エリック・ロス 、ブラッドリー・クーパー 、ウィル・フェッターズ

 

★撮影賞★

【受賞】「ROMA  ローマ」

アルフォンソ・キュアロン

〜以下ノミネート〜

「COLD WAR  あの歌、2つの心」

ウカシュ・ジャル

「女王陛下のお気に入り」

ロビー・ライアン

「Never Look Away」

ケイレブ・デシャネル

「アリー  スター誕生」

マシュー・リバティーク

 

★編集賞★

【受賞】「ボヘミアン・ラプソディ」

〜以下ノミネート〜

「ブラック・クランズマン」

「女王陛下のお気に入り」

「グリーンブック」

「バイス」

 

★美術賞★

【受賞】「ブラックパンサー」

〜以下ノミネート〜

「女王陛下のお気に入り」

「ファースト・マン」

「メリー・ポピンズ  リターンズ」

「ROMA  ローマ」

 

★衣装デザイン賞★

【受賞】「ブラックパンサー」

ルース・カーター

〜以下ノミネート〜

「バスターのバラード」

メアリー・ゾフレス

「女王陛下のお気に入り」

サンディ・パウエル

「メリー・ポピンズ  リターンズ」

サンディ・パウエル

「ふたりの女王  メアリーとエリザベス」

アレクサンドラ・バーン

 

★メイキャップ&ヘアデザイン賞★

【受賞】「バイス」

〜以下ノミネート〜

「ボーダー  二つの世界」

「ふたりの女王  メアリーとエリザベス」

 

★視覚効果賞★

【受賞】「ファースト・マン」

〜以下ノミネート〜

「アベンジャーズ  インフィニティー・フォー」

「プーと大人になった僕」

「レディ・プレイヤー1」

「ハン・ソロ  スター・ウォーズ・ストーリー」

 

★録音賞★

【受賞】「ボヘミアン・ラプソディ」

〜以下ノミネート〜

「ボヘミアン・ラプソディ」

「ブラックパンサー」

「ファースト・マン」

「ROMA  ローマ」

「アリー  スター誕生」

 

★音響編集賞★

【受賞】「ボヘミアン・ラプソディ」

〜以下ノミネート〜

「ブラックパンサー」

「ファースト・マン」

「クワイエット・プレイス」

「ROMA  ローマ」

 

★作曲賞★

【受賞】「ブラックパンサー」

ルドウィグ・ゴランソン

〜以下ノミネート〜

「ブラック・クランズマン」

テレンズ・ブランチャード

「ビール・ストリートの恋人たち」

ニコラス・ブリテル

「犬ヶ島」

アレクサンドル・デスプラ

「メリー・ポピンズ  リターンズ」

マーク・シェイマン

 

★主題歌賞★

【受賞】“Shallow”

「アリー  スター誕生」

〜以下ノミネート〜

“All the Star”

「ブラックパンサー」

“I'll  Fight”

「RBG 最強の85才」

“The Place Where Lost Things Go”

「メリー・ポピンズ  リターンズ」

“When a Cowboy Trades His Spurs for Wings”

「バスターのバラード」

 

★長編アニメーション映画賞★

【受賞】「スパイダーマン  スパイダーバース」

〜以下ノミネート〜 

「インクレディブル・ファミリー」

「犬ヶ島」

「未来のミライ」

「シュガー・ラッシュ  オンライン」

 

★外国語映画賞★

【受賞】「ROMA  ローマ」(メキシコ)

〜以下ノミネート〜

「存在のない子供たち」

(レバノン)

「COLD WAR あの歌、2つの心」

(ポーランド)

「Never  Look Away(原題)」

(ドイツ)

「万引き家族」

(日本)

 

★長編ドキュメンタリー映画賞★

【受賞】「フリーソロ(仮題)」

〜以下ノミネート〜

「Hale County This Morning, This Evening(原題)」

「Minding the Gap(原題)」

「父から息子へ  戦火の国より」

「RBG  最強の85才」

 

★短編映画賞★

【受賞】「Skin」

〜以下ノミネート〜

「Detainment(原題)」

「野獣」

「マルグリット」

「Mother(原題)」

 

★短編ドキュメンタリー映画賞★

【受賞】「ピリオド  羽ばたく女性たち」

〜以下ノミネート〜

「Black Sheep(原題)」

「エンド・ゲーム  最期のあり方」

「Lifeboat(原題)」

「A Night at the Garden(原題)」

 

★短編アニメーション映画賞★

【受賞】「Bao」

〜以下ノミネート〜

「Animal Behaviour(原題)」

「Late Afternoon(原題)」

「One Small step(原題)」

「Weekends(原題)」

 

〜以上24部門 

 

トピック

 

2019年2月24日、カリフォルニア州ロサンゼルスハリウッドにあるドルビー・シアターで授賞式が行われた。

この年のアカデミー賞授賞式の大きな特徴として、司会者が不在で授賞式が行われた。

その理由は、本来は司会を務めるはずだったケヴィン・ハートの過去の発言に同性愛者を差別するようなものがあったことが明らかになり、司会を降板することが発表された。

代わりに、過去に司会を務めたことがある人達をあたってみるも、もう1度司会をすることに誰も興味を示さなかったため、結局は司会者不在のまま授賞式が行われることになった。

これは1989年の第61回アカデミー賞以来、30年ぶりのことである。

 

そしてもう1つの特徴として、時代の流れを受けて変化と迷いが表れたアカデミー賞となった。

アルフォンソ・キュアロン監督『ROMA/ローマ』Netflixの配信(ストリーミング)作品として初めて【作品賞】にノミネートされたことにある、つまり映画館で上映しない作品がアカデミー賞の【作品賞】を獲る可能性があったということだ。

とはいえアカデミー賞のルールとして「ロサンゼルス郡内で7日以上、1日当たり3回以上の有料上映」という決まりがあるため、厳密には『ROMA/ローマ』も部分的に映画館で上映をしてアカデミー賞に出品している。

逆を言えば、そのルールさえクリアすれば動画配信(ストリーミング)用に作られた映画もこれからはアカデミー賞に出品されるケースが増えるということで、スティーヴン・スピルバーグ監督を始めハリウッドでも「映画は映画館で観てこそ、Netflixなどの配信用の作品はアカデミー賞のオスカーの対象からは外すべき」という意見もあった。

現にカンヌ国際映画祭は配信用作品は一切扱わないという姿勢を示している。

その点、賛否が分かれつつもオスカーの対象にまで受け入れるというハリウッドらしい寛容な姿勢を感じながらも、肝心の作品賞は昔ながらの王道なアカデミー賞らしいと言ってもいい『グリーン・ブック』が受賞するなど、変革への思いとそれでもまだ躊躇してしまう迷いが混ざった第91回アカデミー賞だった。

しかし、【作品賞】は逃したが『ROMA/ローマ』Netflix作品でありながら【監督賞】【撮影賞】【外国語映画賞】を受賞し、変化への節目となるアカデミー賞となった。

 

 

 

映画『ダンケルク』さあ、1番大きいテレビの部屋でヘッドフォンを付けたなら、あとはノーランの集大成を体験しに行こう!【第90回アカデミー賞】

 

『ダンケルク』

 

第90回アカデミー賞(2018)

 

★【編集賞】

★【録音賞】

★【音響編集賞】

 

© 2018 Warner Bros. Japan

 

監督:クリストファー・ノーラン

製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン

製作総指揮:ジェイク・マイヤーズ

脚本:クリストファー・ノーラン

撮影:ホイテ・バン・ホイテマ

美術:ネイサン・クロウリー

衣装:ジェフリー・ガーランド

編集:リー・スミス

音楽:ハンス・ジマー

視覚効果監修:アンドリュー・ジャクソン

キャスト:フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ロウデン、ハリー・スタイルズ、アナイリン・バーナード、ジェームズ・ダーシー、バリー・コーガン、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、マーク・ライランス、トム・ハーディー、マイケル・ケイン

 

 

いつも読んでくれて、どうもダンケ

ドイツ語で「ありがとう」という意味ですが、まあ映画と何も関係ないですけどね。

 

ダンケルク!この響きだけで僕なんかはカッコいいと思ってしまうんですが、このダンケルクってのはフランスにある都市の名前で、そこを舞台に第二次世界大戦の時に繰り広げられた本当にあった出来事「ダンケルクの戦い」を描いた戦争映画がこの作品です。

 

戦争映画ってなんか身構えちゃうって?

 

たしかに戦場で人がたくさん死ぬから過激なバイオレンス描写があるし、歴史を知ってないと難しそうなイメージがありますよね。

 

しかし、そういう人にこそおすすめしたいのがこの『ダンケルク』なんです!

実はこれ、戦争映画なのにさっき言ったような要素はほとんど無いんです。

 

なぜならこれは「撤退戦」なんですよ。

つまり敵を殺すために向かって行くのではなく、生き残る為に敵から逃げる戦いなんです。

 

生き残る為のサバイバルを、観客それぞれがまるで当時の兵隊の1人となって体験するような映画になっているんです。

 

絶対に生き残ってやる!でも生き残るって本当に大変!次から次へと迫り来る「死というゲームオーバー」に知恵と五感を研ぎ澄ませて、時には運さえも頼りにして生き残ろうとする姿にいつのまにか自分もそこに居る気にさせられ手に汗握る!

そんな映画がこの『ダンケルク』なんですよ。

なのでこれから、この戦場サバイバル体験映画『ダンケルク』の魅力を紹介できたらと思います。

  


映画『ダンケルク』予告1【HD】2017年9月9日(土)公開

 

 

あらすじプラス

1940年の第二次世界大戦の初期にイギリス・フランスを始めとする連合軍は破竹の勢いでフランスに侵攻してくるドイツ軍にダンケルクの海岸で完全に包囲されてしまうんですよ。

あら大変!海を渡って逃げないと、でも船も足りない、うわ、どうしよう…。 

だってこっちは40万人いるんですけどー!ちょっと無理じゃないこれ?

という状況から始まります。

 

それでこの映画は「陸」「海」「空」3つのパート、3つの視点から描かれるんですね。

それでまず「陸」のパート1週間の出来事として描かれます。映画の冒頭で英国陸軍2等兵のつまり1番下っ端のトミーが自分が所属する班でダンケルクの街の中でドイツ兵の銃撃に合って自分以外全滅してしまうとこから映画が始まるんですよ。

それでとにかく浜辺まで逃げたら何十万の兵士がズラーッと列を作って待ってるわけですよ、戦場から脱出するための船を順番に。 

ちぇっ、こんなの俺最後尾で助かるわけないじゃんという事で1人ふてくされて急にその辺で野OOを始める(いや本当ですよ!)んですが、同じような境遇なのか1人でいるギブソンに用を足すところを目撃されたトミー「もう私お嫁に行けない、責任取って!」と言って(これは嘘です)2人で知恵を絞って協力してなんとか船に乗ろうとして行動します。

 

一方で「海」のパート1日の出来事として描かれます。イギリスのとある港に場面が移ります。

ダンケルクに留まっている兵士を救出するために国から民間船徴用の命を受けたドーソンは息子のピーターダンケルクへと向かいます。

その時にピーターの友達のジョージも船に乗り込んで一緒についてきます。

 

そして「空」のパート1時間の出来事として描かれます。英国空軍パイロットのファリアコリンズを始めとする小隊が撤退戦を邪魔しようとしてくるドイツ空軍機を相手に戦います。

 

はたしてダンケルクで救助を待つトミーは生き残れるのか?

 

「陸」「空」「海」の3つの視点は何を描くのか?

 

結末が分かっている史実をどういう終わり方で締めくくるのか?

 

その辺を注目して観ると楽しめると思います。

有名な史実なんでネタバレも何もないと思いますが、いつものように映画としての直接的なネタバレはできるだけ避けて紹介しますね。

 

 主要登場人物キャスト

 

●  フィン・ホワイトヘッド 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「陸」のパート、映画を観る人が1番感情移入しやすい主人公的な存在の英国陸軍二等兵のトミーを演じています。

 

ロンドンのリッチモンドで生まれた英国の俳優さんです。

2016年にITVミニシリーズ(テレビドラマみたいなもんですね)のHIMでの超能力に目覚める青年の役でデビュー。

今作『ダンケルク』のオーディションに見事合格し映画デビューを果たしました。

 

 

●  トム・グリン=カーニー 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「海」の パート、ミスター・ドーソンの息子のカーニーを演じています。

 

英国の俳優さんで、2017年にサム・メンデス監督の舞台劇『The Ferrman』に出演し高く評価されます。

同年この『ダンケルク』で映画デビューを果たします。

 

 

●  ジャック・ロウデン

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「空」のパート、英国空軍のスピットファイアのパイロットであるコリンズを演じています。

 

イギリス生まれスコットランド育ちの俳優さんです。

BBCのテレビドラマ『戦争と平和』、あと映画だと『否定と肯定』に出演してますね。

 

 

●  トム・ハーディー

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「空」のパート、英国陸軍のスピットファイアのパイロットであるファリアを演じています。

 

2001年に『ブラックホーク・ダウン』でハリウッドデビューします。

映画や舞台など精力的に活動して2010年の『インセプション』で一気に知名度が上がって、僕もこの俳優さんを知ったのはこのときですね。

その後は、『ダークナイト・ライジング』『オン・ザ・ハイウェイ  その夜、86分』『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』などで一気に有名俳優になっていきます。

 

出ました、トムハ!

ロンドン出身の俳優さんで、近年とても活躍してますね。

ノーラン監督作品にも多く出演していて、まあもはや常連組の1人と言っていいんじゃないでしょうか。

 

 

●  ハリー・スタイルズ

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「陸」のパート、英国陸軍「高地連隊」の二等兵のアレックスを演じています。

 

イングランド生まれの俳優さんです。

というよりは「ワン・ダイレクション」の1人としての世界的な音楽活動の方が有名ですね。

 今作が俳優デビューとして話題になりましたが、けして話題先行じゃなくてしっかりと作品に馴染んで演じてましたね。

 

 

●  アナイリン・バーナード 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「陸」のパート、トミーと行動を共にする無口な兵士のギブソンを演じています。

 

イギリス・ウェールズ出身の俳優さんです。

2003年、ドラマ『Jacob's Ladder』でデビューして、英国ウェールズ音楽演劇大学を卒業後、2009年ミュージカル『春のめざめ』と2012年映画『シタデル CITADEL』でそれぞれのコンテストや映画祭などで主演男優賞を取っています。

あとBBCドラマの『戦争と平和』にも出演してますね。

 

 

●  バリー・コーガン

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「海」のパート、ミスター・ドーソンに同行する青年のジョージを演じています。

 

アイルランド・ダブリンで生まれた俳優さんです。

2011年に映画『Between the Canals』でデビューします。

その後アイルランドのテレビドラマ『Love/Hate』の猫殺しのウェインなど、悪役のキャリアが多いようですね。

今作『ダンケルク』と同じ年に公開されたイギリス・アイルランド映画でヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し  キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』でのマーティン役がめちゃくちゃ印象に残ってますね。

 

 

●  ケネス・ブラナー

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「陸」のパート、防波堤で撤退作戦の指揮を執るボルトン海軍中佐を演じています。

 

イングランド・レディング出身(北アイルランドから9歳の時に家族と移住)の俳優さんで、多数の映画や舞台に出演するベテラン俳優さんです。

RADA(王立演劇学校)を主席で卒業したあと舞台からキャリアをスタートさせ活躍します。

映画では1989年の『ヘンリー五世』でアカデミー賞の監督賞と主演男優賞にノミネートされました。

あと『マリリン7日間の恋』にも出演してアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされてましたね。 

俳優もやりながら、監督業にも精を出していて近場では『オリエント急行殺人事件』が話題になりました。

 

 

●  マーク・ライランス

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「海」のパート、民間の小型船の船長でピーターの父親のミスター・ドーソンを演じています。

 

イギリスのケント州アシュフォード出身の俳優さんです。

ロンドンの王立演劇学校(RADA)を卒業後は舞台俳優として活躍し、シェイクスピア・グローブ座の芸術監督も務めています。

映画では1996年『ベヤンメンタ学院』でデビューし、2016年のスピルバーグ監督『ブリッジ・オブ・スパイ』ではアカデミー賞の助演男優賞を受賞し注目を集めます。

その後は『BFG : ビッグ・フレンド・ジャイアント』の巨人や、『レディ・プレイヤー・ワン』などにも出演してますね。

 

 

●  キリアン・マーフィー 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

劇中では「海」のパート、ミスター・ドーソンに救出された謎の英国兵を演じています。

 

アイルランド出身の俳優さんです。

1996年にアイルランドのコークを拠点にする劇団でエンダ・ウォルシュ作の舞台『Disco Pigs』で主役を演じます。

その『Disco Pigs』の映画版(2001年)にも主役で出演して、それを観たダニー・ボイル監督の目に留まり『28日後…』の主演に抜擢されて一気に注目されます。

その後は『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』『インセプション』『ダークナイト・ライジング』などノーラン監督作の常連組と言ってもいいですね。

 

見どころを紹介!

 

 


映画『ダンケルク』予告2【HD】2017年9月9日(土)公開

 

まず「ダンケルクの戦い」って?

 

まず「ダンケルク」とはフランスの本土最北端にある海に面した湾岸都市です。

ドーバー海峡を挟んだ数十キロの海の向こう側にはイギリス、そんな地理関係の場所なんですね。

時は第二次世界大戦の時代、1939年9月にドイツがポーランドに侵攻します。

とうとうやりやがったなと、ドイツに隣接するフランスはイギリスと共にドイツに宣戦布告をします。

しかしいざ戦争が始まってみると「奇妙な戦争」とも呼ばれ、実に半年以上双方の間でほとんど戦闘が行われなかったんですが、1940年5月10日に突如オランダ、ベルギー、ルクセンブルクといういわゆるベネルスク三国(フランスの北部とドイツとの間にある面積の狭い3つの国の総称)に一気に侵攻を始めたんです。

フランス・イギリス連合軍は主力を北部のベルギー方面に進出させます、そしてフランス南部の直接ドイツと隣接する部分ではマジノ要塞と呼ばれる長大な要塞線を挟んでにらみ合いの状態です。

しかし実はドイツ軍は、フランス・イギリス連合軍の主力が進出した北方方面のベネルスク三国と南のマジノ要塞の間にあるアルデンヌの森とよばれる防御が薄くなってる場所に戦車部隊を進ませてたんです!

このドイツの奇襲作戦によってフランスの防衛線は崩壊し、あとは雪崩のようにドイツ軍がフランス北部へ侵攻しフランス・イギリス連合軍を包囲するような展開になっていくんですね。

そしてベルギー方面から撤退をしたフランス・イギリス連合軍も、とうとう逃げ場がなくなり追い詰められたのが「ダンケルク」という海の都市というわけなんです。

 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.   

こんな状況から映画が始まるんです

 

ここまではOKですかね。

 

なんか絵に描いたような奇襲の成功だ、って?

 

そうなんですよね!フランス側の読みの甘さと、あとこの時期のドイツはなんか士気も兵器もみなぎってる時期なんで勢いがすごいんですよ。

あとフランスも、もっと昔は人口が凄い多かったんですけどナポレオン時代に若い男をとにかく大量に徴兵して圧倒的兵力で戦争しまくったツケがこの頃に回ってきたことにより、第二次世界大戦当時のフランスの人口が著しく少なくなっていて兵員を増やしたくても増やせなかったって事情もあるんですよ。

戦争のツケを結局戦争で払う事になるとは、う〜ん、なんとも。

 

 

まあそんなこんなで、ここからが「ダンケルクの戦い」の始まりで、当然イギリスにもその知らせは伝わっていて包囲されている連合軍の兵士達を救出したいけどなかなか手立てがない。 

そんな時にイギリス海軍中将バートラム・ラムゼイが、軍の輸送船や駆逐艦だけじゃなく民間の船を小型船でも何もでもありったけを総動員してドーバー海峡を渡ってダンケルクまで40万人を救出に行くという作戦を計画して当時のイギリス首相のウィンストン・チャーチルに説明します。

その説明した場所が海軍指揮所のダイナモ(発電機)・ルームだったことからダンケルク撤退戦は「ダイナモ作戦」とも呼ばれています。

 

ちなみに第90回アカデミー賞ゲイリー・オールドマンが特殊メイクでチャーチルを演じて【主演男優賞】を受賞した『ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男』ではその辺の裏側を描いてましたね。

 

そして結果的にドイツ軍に包囲されたダンケルクから33万8000人をイギリスに撤退させることに成功した、おそらく世界史的にもあまり類を見ない史上最大の撤退戦なんです

 

そしてダンケルクという危険な戦場に勇敢にも兵士を救出に行った800隻とも900隻とも言われる名もなき小さな民間船の勇気を「ダンケルク・スピリット」なんて言い方をして称えたそうです。

そしてこの「ダンケルク・スピリット」はイギリスが苦境に立った時にそれを皆で団結して乗り越えようというスローガンとして使われ、その精神は今だに残っているみたいなんですね。

 

 

ちなみにあの林修先生が「ダンケルク」の当時の状況について分かりやすく解説してくれています!

僕の文章を読まなくてもこれで十分です


林修先生が解説!3分で分かる映画『ダンケルク』【HD】2017年9月9日(土)公開

 

戦争映画というジャンル

一括りに戦争映画と言っても、その中にも色んなタイプがあります。

戦場の兵士から国の指導者まで多角的に全体像を描くようなものから、戦場に駆り出される兵士の過酷さ悲惨さを描くようなもの、更には戦争に巻き込まれた一般市民を描くもの、それぞれのタイプの戦争映画に意味があり映画としての楽しみ方があるんですよね。

 

あと個人的には戦争映画は割と好きなんですが、その理由ってなんだろう?とこれを書いてて思ったのは、戦争映画って監督の力量が色々と試されるジャンルだと思うんです。

 

それなりにキャリアを積んだ監督が挑戦するジャンルという側面があって、巨匠と呼ばれる監督達もこのジャンルを通ってきているイメージがありますね。

 

まず、単純にエキストラの人数やスタッフも多く準備や撮影の規模が大きい(例外もありますが)ので、良い作品にするにはそれらをまとめ上げる腕力が必要です。

そして、その監督が戦争というものに対してどう考え、どう捉えているのかを作品を通して示さなければいけまけんよね。

それは、時には世間にジャッジされることにもなります。

 

あともう1つ、個人的にはこれが大きいのかと思うんですけど、映画監督の作家性(個性)がとても出やすいジャンルだと思うんです!

新し目なところだとメル・ギブソン監督の『ハクソー・リッジ』、マーク・ウォールバーグ監督の『ローン・サバイバー』、デヴィッド・エアー監督の『フューリー』、タランティーノ監督の『イングロリ・バスターズ』、イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』『父親たちの星条旗』、少し昔だともちろんスピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』、オリバー・ストーン監督の『プラトゥーン』、キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』、コッポラ監督の『地獄の黙示録』、ペキンパー監督の『戦争のはらわた』、アルトマン監督の『M★A★S★H』など、パッと出るだけでもこれら全ての作品が個人的には監督の作家性(個性)が相当色濃く出てると思ってます。

 しかも、それぞれの監督の作家性と戦争映画のタイプがちゃんと一致してるから、どの作品も面白いんですよね。

 

それじゃあこの『ダンケルク』はどうかと言うと、これもまさに監督の作家性(個性)がとても色濃く出た戦争映画になってたと思います。

 

監督は誰なの、って?

 

はい、それは、クリストファー・ノーランという監督です。

 

 監督クリストファー・ノーランの作家性

 

●  そのキャリア

 

おそらくこのクリストファー・ノーランという名前は映画ファンじゃなくても1回ぐらいは聞いたことあるんじゃないですかね。

今やそのぐらい有名で、映画界の中では名前だけで客を呼べる数少ない監督の1人だと思います。

 

イギリス出身の映画監督で、父親はイギリス人で母親はアメリカ人なのでイギリスとアメリカ両方の国籍を持ってます。

子供の頃はロンドンとシカゴの両方で過ごしてたみたいで、羨ましいですねえ〜。

 

僕ですか?

 

寝ても覚めても島根県の田舎でしたよ。

 

その後ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに入学したノーラン監督は小説を学びながら短編映画の制作を始めるんです。

 

1988年に『フォロウィング』で長編映画の監督デビューを果たし、次の『メメント』で注目を集めることになります。

ちなみに『メメント』の脚本は弟のジョナサン・ノーランが書いた短編が基になってるんですよ。

いやあ多才な兄弟ですね!

 

そして『バットマン』シリーズのリメイクの監督に抜擢されます。

その1作目である『バットマン  ビギンズ』は期待値を上回るほどの興行成績をおさめることが出来なかったんだけど、2作目で世界にガツンとかますわけですよ!

 

ダークナイトでしょ、って?

 

そうです!『バットマン』シリーズの2作目である、2008年公開『ダークナイト』の大成功で一気に世界的な知名度の監督になるんです。

なにせ、これまでの『バットマン』シリーズ最大のヒットに加えて最終的には全米興行収入歴代2位!世界興行収入歴代4位!という記録をアメコミ原作映画で達成したんです!

 

まあ公開当時の記録なんだけどなぁ、それよぉ(誰?急に)

 

ノーラン監督は、『バットマン』というスーパーヒーローの世界を徹底的にリアルにそしてシリアスに、正義と悪について考えさせられるような暗いバットマンシリーズを作り上げます。

このバットマンシリーズの成功を受けてDC(バットマンやスーパーマンなど諸々のスーパーヒーローの原作の出版社)原作の映画は、そこからいわゆるダーク路線に向かうわけなんですね。

 

その後は『インセプション』『ダークナイト ライジング』『インター・ステラー』など、監督した作品は公開時にはどれも話題になったんで観たことある人も多いと思います。

 

クリストファー・ノーランとはこんな人です。

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

●  本物主義

 

さて、それでクリストファー・ノーラン監督作家性ということなんですが、真っ先に出てくるのは徹底した本物主義じゃないでしょうかね。

極力CGを使わないことで有名で、必要なモノは全部本物を用意しないと気が済まない人なんですよ!

 

それってなかなか無理じゃないの、って?

 

確かに無理なモノもありますよね!

例えばSF映画とかのように本物も何も地球に存在してないモノとか、でもそういうのも全部セットや特撮で作っちゃうんですよ。

必ず実際のモノとしてその場に存在させるんですよ。

例えばビルを爆破するシーンなどは、普通都合良く爆破してもいい本物のビルなんて無いじゃないですか、だからわざわざビルを建てるんですよ、爆破する為だけに。笑

とか、もの凄く広大なトウモロコシ畑が必要なシーンなんかは今は普通はCGでビャーッと描いたらいいじゃないですか、本当にトウモロコシを1から育てて広大なトウモロコシ畑を作っちゃうんですよ。笑

 

どうかしてますよね!笑

 

すごい手間がかかってしまいますよね。

 

あと映画の撮影もデジタル撮影じゃなくて、フィルム撮影にこだわってるんですよ。

これもモノですよね。

 

あれ、映画って普通はフィルムなんじゃないのかって?

 

それがですね、もう違うんですよ!昔はフィルムカメラで撮影してたんですけど、ジョージ・ルーカス監督が2002年公開の『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの逆襲』で初めて完全デジタル撮影を行って以降映画撮影用のデジタルカメラの性能もどんどん上がっていったこともあり、今やデジタル撮影の方が映画業界の主流なってきてるんです。

特に日本はほとんどデジタル撮影です。

 

 

なぜかって?

 

フィルム撮影というのは、文字通りフィルムに映像を光として焼き付けて撮影するわけなんですが、もちろん消去して撮り直すなんて出来ないから新しいフィルムと交換するしかないし、現像に出すまではどんな映像が撮れてるのか確認出来ないんですよ。

しかもフィルムは1回使ったらそれっきりだから、撮り直しをすればするほどどんどん使用するフィルムも多くなってお金もかかるんですよね。高価ですから。

カメラ本体も大きいから場面によっては扱いが大変な時もあります。

 

要はフィルム撮影は手間とお金がかかるんです。

 

それに比べてデジタル撮影は映像をデジタルデータとして保存するんでその場で映像をチェックできるし、パソコンでデータをやり取り出来るので他の作業もやり易いです。

容量も大きいのでフィルムのように交換しなくても撮り続けられるし、フィルムのように撮り直しのコストもかかりません。

あと小型化も進んでるので色々な場面で扱いやすいです。

 

要はデジタル撮影は楽で早くてお金も安いんです。

 

近年は、よほどの大作じゃないとお金や時間をかけて映画を作ることが難しい時代なんでデジタルへ移行していくのも分かる気もします。

 

つまりデジタル撮影の方が優秀でフィルム撮影の方が劣っているのか、って?  

 

ここまでの説明を見てたらそう思っちゃいますよね、しかしフィルムを回転させながら光を焼き付けるというアナログな撮影でしか出せない映像の質感があります。

これをデジタルで完全に再現するのは今のところ不可能とされてるんですね。

逆にデジタルはシャープで高画質、映画撮影用デジタルカメラの大手は8Kの画素数を実用化しようとしてるぐらいです。

 

僕は4Kのテレビもまだ持ってないのに。(知らんがな)

 

フィルムもデジタルもそれぞれの特徴があるということです。

 

ここでまたノーラン監督の話に戻りますが、彼がなぜそこまでフィルム撮影にこだわるのかというと「単純にフィルムの方がデジタルよりも優れているから」と言ってるんですね。

まさにその言葉を裏打ちするような性能の撮影カメラをノーラン監督は愛用しています。

それはIMAXフィルムカメラと言われるものです。

 

 

●  IMAXフィルムカメラという武器

 

このIMAXって言葉は映画が好きな人なら聞いたことありますよね。

 

もしかして映画館で高い料金のやつ、って?

 

そうですね!最近日本の劇場でも少しずつ増えてきましたからね。

最初の方は3Dなのに暗くない!ってことでジワジワ評判を上げていったような気がします。

 

それがどんなものかと簡単に言えばバカでかい大きさの画面で撮影できてバカでかい大きさの画面で上映できるってことですかね。

観た人なら分かると思いますけど、IMAXシアターのスクリーンってめちゃくちゃ大きいですよね?

ただここで1つ言っておきたいのは、IMAX上映されてる作品の割と多くは普通の規格のカメラで撮影した映画をIMAX用にデジタルで変換して上映してるものです。

いわば「(仮)IMAX」と言ってもいいかもしれません。

もちろん通常の上映よりも音も画面も圧倒的に良い環境なのは間違いないし、個人的には仮でもなんでもIMAX上映の選択肢が増えるのは嬉しいです!

 

じゃあ本物のIMAXとは何かといえば撮影の段階からIMAXカメラで撮影されたもの、という事になりますね。

そしてこのIMAXカメラにもフィルムとデジタルがあります。

デジタルの方は、最近だと『アベンジャーズ  エンドゲーム』が全編をIMAXデジタルカメラで撮影されたことがちょっとした話題にもなってましたね。

IMAXということでデジタルカメラの中でトップクラスの性能で、登場人物の表情の演技や大人数をなるべくカットを割らずに収める構図など、大画面&超高画質を活かしたIMAXデジタルでカメラで撮影したことが贅沢で意味のあるものになってました。

デジタルカメラなんで後のCGとも相性良いですしね。

 

そしてノーラン監督が取り入れてるのがIMAX70mmフィルムカメラです。

はい出ました、フィルムです。

少し前に説明したあのめんどくさいフィルムですよ!

それがIMAXともなればめんどくささも尋常じゃありません。

なにせ動画撮影用フィルムでは最大面積の70mmです、フィルムもカメラもバカでかいし重たい、しかも1度の撮影(フィルム1ロール)で撮影可能な時間はわずか3分間!笑

しかし、その性能たるや他の追随を許さないものがあります。

なんとその画素数は16Kと言われています。

フィルムならではの質感がありながら、とてつもない超高画質の鮮明さも味わえて、フィルムというアナログなモノの性能を極めると現在最も贅沢で高性能な撮影が出来るのも面白いですよね。

しかし、このカメラ、開発したは良いけどカメラ本体が大きくて取り扱いが大変なのでもともとは環境記録やドキュメンタリーや実験映画で使われてたのをノーラン監督は普通の映画、しかもカメラをガンガン動かすアクションシーンで無茶して使ったんです!

それが『ダークナイト』ですね。

結果的に当時世界で4台しかないIMAXカメラを1台壊してしまうほど無茶したんだけど、その結果ダークナイトのヴィラン(悪役)ジョーカーの冒頭の一連の銀行強盗のシーンなど、めちゃくちゃカッコいい映像が映画を引き立てる大きな要素になりました。

 

とにかく、とっても贅沢でとっても面倒くさいモノなんですよ、IMAX70mmフィルムというのは。

もし仮に制作費が潤沢にあっても好き好んで使う監督はあまり多くないと個人的には思います。

 

はい、ようやくここまで来ました!笑

 

長かったって?

 

確かに、だいぶ遠回りしてしまったことはごめんなさいね!

でも僕の中ではこのIMAX70mmフィルムカメラ(をわざわざ苦労して好き好んで使うところ、そして自在に使える状況や立場も含めて)ノーラン監督作家性の1つだと思ってるので、その為にはどうしても最低限の説明が必要だったんです!

まあ、ノーラン監督のとにかくデジタル撮影ではなくフィルム撮影へのこだわりは分かってもらえたんじゃないでしょうかね。

 

CGに頼らず本物の用意したりセットを組んだり、あるいは特撮を使ったり。

撮影もデジタルカメラしゃなくフィルムカメラで撮る。

あれ?つまりそれって昔の映画のやり方そのものですよね。

クリストファー・ノーランという、話題性でも興行的にも、内容的にも、映画界の最先端で活躍しながらもどんどん時代と逆行していくところが面白いんですよ。

 

アカデミー賞を逆走している僕も親近感が湧きます。

 

お前さんの、のんびり過ぎる逆走と一緒にしちゃあいけねえなあ。(だから誰なの!?)

 

ノーラン監督は時代に逆行と言っても、単に昔の映画のやり方をなぞってみせるんじゃなくて

最先端のやり方で逆行するのが良いところですね。

そして毎回話題になりちゃんとヒットしている、商業性と作家性がもはや1つのものとして個性になってるのがすごいところです。

 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

なんて綺麗な映像

 

 

● 時間軸をいじるのが大好き

 

この、時間軸をいじくるというのはもうノーラン監督の代名詞と言ってもいいかもしれません。

 

映画というのは普通は現在から未来へ一方通行で時間が流れるもので、その中でたまに回想シーンとかで部分的に過去になったりもしますが、時間軸としては分かりやすいですよね。

 

しかし、ノーラン監督はこの普通は現在から未来へ流れる(普通→→→→)時間軸を色んなパターンでいじって物語を描くのが好きで、特に時系列をシャッフルさせて終盤に進むにつれて全貌が明らかになっていくような作りが多いですね。

この辺がなんだか難しい印象に感じる人もいれば、それを深読みするのが楽しいんだと感じる人もいます。

このノーラン監督の時間軸いじりが全て作品において毎回効果的だったのかは映画好きには若干評価が分かれるところもありますが、それでも毎回「お、今ノーラン作品を観てる感じするぅ〜」という気持ちには結局なってるはずなのでまぎれもない作家性と言えるんじゃないでしょうか。

 

●  ハンス・ジマーの音楽

 

ハンス・ジマーというドイツの有名な映画作曲家がいますが、ノーラン作品の多くでタッグを組んでいて、個人的にはノーラン作品の印象的なシーンを思い出した時は必ずハンス・ジマーの音楽もセットで思い出すぐらいです。

 特に、音の錯覚とループを利用して音階が終わりなく上がり続けていくような「無限音階」は映画の場面の緊張感を演出するのに抜群の効果で、ノーラン作品の様々な場面で使われてますね。

 

急に映画音楽の作曲家の話をされてもピンとこない人もいるかもしれませんね。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲って口ずさめますか?

すぐ頭に浮かんできますよね!

あの曲を作ったのがこのハンス・ジマーという人なんです。

 

僕はハンス・ジマーの音楽ならニコラス・ケイジとショーン・コネリーのダブル主演の監獄破り映画『ザ ・ロック』のテーマ曲が1番好きです。 

 

べつに聞いてないって?

 

すんませーん!

 

●  徹底したリアリズム(?)

 

とことんリアルに描く!というような感じでしょうかね。

例えば『ダンケルク』の中ではすごく良い奴、頑張ってる奴、そんなの関係なく戦争では死ぬというのはリアルでした。

本物主義とセットで語られることの多い、ノーラン監督の特徴の1つですよね。

やはり『バットマン』というアメコミヒーローをリアル路線でシリアスに描いたことでリアリズムのイメージが定着したような感じですね。

 

『バットマン』をリアルに描くってどういこと、って?

 

それはもちろん怪人コウモリ男として大きな羽と毛に覆われた顔に鋭いキバが光る…違う?ああそういう類のリアル化じゃなかったですね。

 

そっちじゃなくて我々の現実世界に寄せたリアル化ってことで、バットマンゴッサム・シティというアメリカの架空の都市の治安を守るヒーローなのは知ってますよね?

今までの別のバットマンの映画に出てくるゴッサム・シティは架空性の強いイメージカラーで作り込まれた世界観だったのが、ノーラン監督版のバットマンはゴッサム・シティとしながらもほぼ全てをシカゴで撮影し、そのままを映してるんですよ。

つまり絵面上をそのまんまシカゴにすることで、まるで僕らの世界の都市で起きてることのように想像させるんですよね。

そこで治安を守るバットマンの武器や乗り物も、驚くことにまるでフィクションのように見えて実は全て現実の世界で技術的に実現可能な(もしくは実用化されている)ものばかりを揃えてます。

 

まあザックリ言うと、もしこの世界に本当にバットマンが存在したならばどんな事になるのか?というのを突き詰めて描いてるわけですね。

 

バットマンシリーズだけじゃなく他のジャンルのノーラン作品でもリアルに描くということをやってるんでリアリズムの監督のように見えるんですけど、面白いことに本当はリアリズムの監督じゃないと思うんですよ。

むしろやろうとしている事はその先、「リアルの抽象化」だと思います。

 

何でわざわざそんな事を?

と、思いますよね。

 

その辺の話はまた後で出てくると思うんでどうぞ先を読み進めてください。

 

 

 

体験する映画

 

クリストファー・ノーランという監督の映画は、「観客に体験させる」ということに対して重きを置いて、挑戦し続けている作品ばかりだと思います。

その為に本物を用意して、時にはモノを作ってリアルな世界観を用意して観客の体験に説得力を与えようと試行錯誤してるんですね。

 

「観客に体験させる」という挑戦を毎回重ねてきたという部分では、この『ダンケルク』はまさにノーラン作品の中でも最も体験する映画となってるんです。

 

まずIMAX70mmフィルムカメラによるもう少しで触れそうなぐらい超高解像度の映像、そして本当に現地ダンケルクへ行って撮影してるんですけどカメラの前の光景をそっくりそのまま焼き付けるフィルムの特性も相まって浜辺に大量に並ぶ兵士や波や泡と広がる浅瀬に、その場の匂いまで伝わってくるようなんですよ。

そして、当時のスピットファイアを空に飛ばし当時の駆逐艦を博物館から借り出して現場に用意し、あの時代の兵士が見たであろう光景の名残を画面の中に過去のダンケルクから呼び寄せようとしてるのです。

 

そして観た人なら気付くと思いますが、この映画はセリフが異常に少ないんですよ!

これがまた効果的で、確かに生きるか死ぬかの状況で逃げてる時にベラベラしゃべらないですよね。

ましてや映画のように気の利いた冗談なんて実際の戦場でしてる余裕なんて無いですから。

あと、セリフが少ないから自動的に説明も少なくなるわけで、その都度状況を説明してくれる都合のいい人なんて戦場にそうそういないですから。

そうなると観客も状況が把握できない感じが、主人公の立場とシンクロしてまた良い効果が生まれるんです。

先の事なんてどうなるか分からないから、毎回毎回その瞬間に次々と起こる危機に対して、知恵や行動や運でこれも毎回毎回しぶとく生き残るしかない、そんなサバイバルを体験するような映画ですね。

そして、常に時計のチクタク音が鳴っているので、嫌でも追い詰められる感じになります!笑

 

音に関するアカデミー賞の部門のうち【録音賞】【音響編集賞】の2つを受賞してます。

戦争映画にとって音がどれほど大事な要素かは『プライベート・ライアン』が証明してますが、この作品もリアリティを出す為に戦場の音の生々しさにこだわってました。

 

 

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

戦争当時の街を歩いてるよう

 

もはや凝ったストーリーは必要ない!?ノーラン監督がついにたどり着いたようです

 

おおむね好評なこの映画で賛否が分かれる1つに、今作はこれまでのノーラン作品と比べてほとんどストーリーやドラマが無いというのがあると思います。

 

 

普通は戦争映画といえば人間ドラマの宝庫のようなもんですから、そう期待して観た人は戸惑っても仕方ないかもしれませんね。

 

いくらでも人間ドラマを描くことが出来たのに敢えてドラマ性を排してほとんどストーリーの無いものを描くわけですが、それはなぜか。

当然、単なる思いつきではありません。

 

ノーラン作品は時間軸をいじって複雑に作り込まれたストーリーを楽しむのも正解だと思いますが、ここではせっかくなので少し違う角度からノーラン作品をイメージしてみましょうか!

 

ノーラン監督は毎回作品を作る中で何をやろうとしてるのか、「リアルの抽象化」じゃないかなと思います。

もちろんやろうとしてる事は毎作品その都度あるんだけど、でもこの「リアルの抽象化」はどのノーラン作品にも共通してると思います。

ノーラン作品はリアルを追求してる的なことをよく言われるんだけど、実はよくよく見ると、リアリズムを描くのならば大事な部分や描写も割とあっさり省いたり、逆にそれを入れるとリアルじゃなくなるという描写やシーンを思いっきり入れてきたりして、べつにリアリズムを目的とした映画作家じゃないんですよね。

例えば『ダークナイト  ライジング』の合戦はリアリズムとは真逆な例として1番有名じゃないでしょうか。

 

じゃあリアリズムを追求してる訳じゃないなら、何のために本物にこだわるの?

 

と言う前に、ノーラン監督作品には毎回それぞれテーマがあると思います。

しかも、ある作品では「愛」とか、ある作品では「正義」とか、ある作品では「心」みたいな大きくて非常にザックリしたものがテーマになっています。

そしてザックリしてる割には、映画を観た人にもそのテーマは結構伝わってるんじゃないでしょうか。

 

さっきの話に戻りますが、なんのためにリアルの抽象化なんてするのかというと、「作品のテーマそのものを抽象化したい」そのための手段としてリアルの抽象化をしてるんじゃないかと思います。

 

なんでそんなめんどくさいことするのって?

 

なぜなら「愛」とか「正義」とか「心」とか、それ自体がそもそも非常に抽象的で、しかし「映画作品」として抽象化したい。

抽象的なものを更に抽象化したところで、何だかよく分からないぼやけた印象を観客に与えるだけで、大事なテーマが伝わらないかもしれません。

 

だからその間にリアリズムを挟むんですね。

 

抽象的なテーマを、徹底した本物志向とリアリズムで固めて観客に実在感を与え、それを今度はまた映画作品的に抽象化して描いてみせることで、ノーラン作品独特の終盤のエモさに着地するんじゃないでしょうか。

 

かといって、今までのノーラン監督作品の全てが同じ分量で抽象化されてたかといえば、そうじゃないと思います。

僕の印象では作品を重ねるごとに少しずつ抽象化のレベルが上がってる気がします。

つまり、この『ダンケルク』はこれまでのノーラン作品の中で断トツで抽象化のレベルが高いと言えるんです。

 

じゃあこの『ダンケルク』テーマとは、何を抽象化してるのか。

今回ノーラン監督がやろうとしたのは『ダンケルク スピリット』そのものの抽象化なんですね。

単にスローガンとして使われる言葉だけれど、実はその中にある精神や苦難や希望だったり、もはや言葉ではダンケルクスピリットに宿った本来の“それ”を感じることができない世代に映画の体験という形で抽象化して伝えたんだと思います。

実際にノーラン監督は若い頃に奥さんと一緒にこの『ダンケルク』と同じ英仏海峡を小船で19時間かけて渡ってみたことがあるんですよ。

その時は天候も悪いし道のりも長いし、ずっと波で揺れていて、「ものすごく恐くて大変だった」と言ってるんですよ。

結果的にはその体験が、長い時を経て『ダンケルク』という映画を作るキッカケになってるんですよ、これが。

その体験を人々に与えられる手段がノーラン監督の場合は映画ということなんですね。

 

そして、今回やろうとした事がダンケルクスピリットの抽象化ということなんですが、

 

そういうばよぉ、抽象化ってよぉ、対象の注目すべき要素を重点的に引き出して他は無視したり省いたりすることを言うんだよなぁ〜、おっと、邪魔したな〜。(だからあんた誰?ていうかありがとう!

 

ということで、まあノーラン監督がやろうとしたのは「ダンケルクスピリット」抽象化って言いましたよね。

つまり描きたいのは個人のストーリーや人間ドラマじゃないんですよ!

だからこの映画からセリフやストーリーをほとんど無くしたんですよ。

しかもストーリーだけじゃなくて、主要な登場人物達の個人的な背景も省いてます。

だから敢えて主人公は無名の俳優をキャスティングしてるんですね。

あれだけ本物を用意してリアルに再現してるのに追い詰める側の「ドイツ軍」という単語は出てこなくて「敵」とだけ呼ばれ、しかもその姿も見えないんです。

戦争映画の割には戦場にほとんど死体が映らないは救助するための戦いだからというのもまあ一応ありますが、実際には空爆などで何千人もあの浜辺で死者が出てるんですけど、ノーラン監督が描きたいのは戦争ではないのでどうしても必要な死体以外そこも省いてるんですね。

そして空爆でそれだけ死者が出た、つまり空にはもっともっと沢山の戦闘機の数が飛んでないとおかしいんですけど、そこもリアルではなく「撤退を助ける英軍戦闘機とそれを邪魔する敵の戦闘機」を表す数機だけに抽象化されてます。

もっと言うなら、このダンケルク戦い(ダイナモ作戦)自体の割と大事な詳細も遠慮なく省かれてます。というより「陸」「海」「空」の3つの時間軸に分けることでうまく抽象化されてます。

 

そうやって、「ダンケルクスピリット」を抽象化する為の重要な要素以外を次々と削ぎ落としていったら、上映時間が長くなりがちなノーラン作品の中で最短の106分という記録を叩き出したわけなんです!

 

もちろん、「史実ベース」という強固なプロットがあったから極限まで削ぎ落とせたんだと思いますけどね。

ちなみに、僕がこの映画で1番最初に驚いたのは上映時間が106分というところでしたからね。笑

 

でもこの上映時間の短さが、普段はノーラン作品に行かない人も観に行くきっかけなって大ヒットにも繋がったんですよね。

 

 

ここでちょっとノーラン監督の作家性のおさらいをすると

 

● 本物主義

● リアリズム

● IMAX70mmフィルム

● 時間軸をいじる

●  ハンス・ジマーを始めとするノーラン組(スタッフ)

● リアルの抽象化=テーマの抽象化

 

ということで、これまでノーラン監督についてずっと説明してきたような文脈でこの『ダンケルク』を観ると、もちろん好みはそれぞれあるとして、実はこれまでのノーラン監督の数々の映画の中では最もテーマと作家性が結実した作品だと思います。

 

 

 

ラストシーンについて

 

少しネタバレっぽくはなりますが、もしまだ映画を観てなくても読んだところでそこまで影響はないかと思います。

 

最後とある人物が生き残って列車の中で新聞を読みながら苦い顔をしてましたね。

普通ならこの大撤退を成し遂げた事を鼓舞するようなシーンなんだけど、1人苦い顔をしてますね。

 

それはなぜ?

ということで、どちらかと言えばオープンなラストになってると思うんで観た人それぞれの感じ方や解釈で良いんじゃないでしょうかね。

僕は個人的に思ったのは、一応物語上では沢山の兵士が無事撤退できました〜めでたし〜で終わるんだけど、戦争は終わってないんですよ。

苦難を乗り越えてやっと生きて帰ることができたと、生きているとはなんと尊いことか!と皆が思いますよね。

しかし、新聞に書かれているチャーチルの演説は雄々しい勇敢な言葉でイギリスを鼓舞するような内容で、つまりせっかく助かった命を次の戦場で散らせて来てほしいと言っているのと実は変わりないんですよね。

事実、歴史を振り返れば『プライベート・ライアン』を観たら分かるとおり、彼らは後にダンケルク以上の地獄へ行く事になるわけですからね。

生き残ったのに、また死んでこい。

それが戦争というもの、という何かが透けて見えるようなラストの苦い表情じゃないでしょうかね。

 

あとこれも、最後とある人物が戦闘機を燃やす場面がじっくり映し出されますね。

 

なんで燃やすの?っていうのは疑問にあると思うんですけど。

 

まあ一般的に考えたら敵にこちらの技術を無傷で渡さないために燃やしたり沈めたりするのは普通のことなんですけど、それと同時に理不尽な死に方でちゃんとした葬いもされない死んだ戦友達への火葬のようにも見えますし、その後の更なる戦火を不吉に暗示してるようにも見えます。

やはりこれも、戦争に関して「めでたし」では終わらせないという明確な意思を感じますね。

 

 

終わりに

 

長くなってしまいましたが。

 

なんだかんだ最後まで見たぞ?

 

それは嬉しいですね!

 

この『ダンケルク』、戦争の中での人間ドラマを期待するのではなく、「ダンケルクスピリット」とは何なのかを体験しに行くつもりで観ると楽しめると思います。

 

「生きたいという思い、命を救いたいという思い、その行為を助けたいという思い」逆境に負けない強い思い、相互の手の伸ばし合いがそれらを1つに繋げた命のリレー、まさにダンケルクスピリットを体験する映画ですね。

 

 

クリストファー・ノーラン監督は観客に映画をただ観るのではなく体験してもらいたいと考えてるのは言ったと思いますが、そこには映画館に足を運んで観に行くという体験も含まれてるんですよ。

 なので、映画館の環境でしか味わえない部分の感動があるのは確かです。

それはストーリーではなく、映像を見て聴いて当時のダンケルクを体験するという言葉にできない部分の感動ですね。

 

じゃあ、映画館以外では観る価値がないのかって?

 

そんなことないですよ!

 

僕も公開当時劇場のIMAXで観て、今回の機会に初めてテレビ画面でも観ましたが迫力あってすごかったですよ。

やっぱ元の映像がめちゃくちゃ綺麗に撮影されてるんでテレビ画面でも十分に味わえると思います。

あと大事なのは音ですかね、スピーカーやヘッドフォンのサラウンド環境があればベストですけど、それがなくても普通のヘッドフォンでいいんで装着してちょっと大きめな音量で観て欲しいです。

 

用意できる範囲で1番大きいテレビ、そしてヘッドフォン!

これがノーラン作品を楽しむ準備かなと思います。

 

 

ぜひ観てみてください!

 

 

それではここまで読んでくれてどうもダンケ!(それで締めるんかーい!ということで長々と読んでくれてありがとうございます)

 

 

 


映画『ダンケルク』予告3【HD】2017年9月9日(土)公開

 

 

 

 

 

 

 

映画『ゲット・アウト』 出て行け?…はい!喜んで!!誰もが心の中で叫びたくなる心地悪さ。全ては伏線と暗示、新感覚「彼女の実家ホラー」【第90回アカデミー賞】

 

『ゲット・アウト』

 

第90回アカデミー賞(2018)

 

【脚本賞】

 

  

(C)2017 UNIVERSAL STUDIOS

 

監督:ジョーダン・ピール

制作:ジェイソン・ブラム、ショーン・マッキトリック、エドワード・H・ハム・Jr.、ジョーダン・ピール

制作総指揮:レイモンド・マンスフィールド、クーパー・サミュエルソン、ショーンレディック、ジャネット・ボルトゥルノ

脚本:ジョーダン・ピール

撮影:トビー・オリバー

美術:ラスティー・スミス

編集:グレゴリー・プロトキン

キャスト: ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、キャサリン・キーナー、スティーブン・ルート、ベッティ・ガブリエル、マーカス・ヘンダーソン、キース・スタンフィールド

 

 

 

恋人がいると楽しいですよね。(唐突

 

しかし付き合ってる中での流れとして、お互いの関係をもう1段階進める為のステップ【彼女の実家に行く】という行事がありますよね。

しかも彼女の実家が人種の違う家だったらどうしますか?ちゃんと受け入れられるのだろうかと、さぞかし緊張しますよね。

この映画はそうやって覚悟して臨んだ【彼女の実家に行く】の内容がどんどん悪い方向に向かっていく恐怖に耐えられなくなって帰りたくなるナイーブな男心をホラーとして巧みに描いた映画なのです。

 

ということで基本ネタバレなしで紹介したいと思います!

 


『ゲット・アウト』予告編

 

 

あらすじプラス

 

冒頭、1人の黒人の青年が夜道、閑静な住宅地を歩いてるんだけどいかにも何か起こりそうな予感がしますなあなんて思ってたら案の定めちゃくちゃ怪しい車がゆっくりと近づいてきて、その青年は何者かに襲われ車で連れ去られてしまうとこから始まるんですよ。

 

いかにもって感じだねって思いました? 

 

僕もそう思っていました、あの頃は…。

 

場面は変わり、主人公のクリス(ダニエル・カルーヤ)は恋人のローズ(アリソン・ウィリアムズ)の実家に挨拶に行くことになってなかなか緊張してる様子です。

しかも自分が黒人であることをローズが両親に伝えてなかったことをえらく気にしてるわけですが、もうこの辺から「不穏レベル」1上がりましたねえ〜。

でもローズは「父と母は人種を気にするような人がじゃないわ、きっと歓迎してくれる」と緊張するクリスを安心させてあげて、車で実家へと出発します。

そしてローズが車を運転するその途中の山道で「鹿」に衝突されてしまって「不穏レベル」2になり、その事故現場にやってきた警官が主人公を黒人というだけで執拗に身分を証明させようとして「不穏レベル」3に上がるんですよね。

ただそこでローズ「あたいの大事な男に何を不当な扱いしてくれとんじゃ」(多分訛ってなかったと思います)的なニュアンスで警官を一喝して事なきを得るんだけど、その時のローズがめちゃくちゃカッコイイんです!

「私の男は私が守る」ってな具合で、これは主人公も惚れますね。

 

その後ローズの実家へ到着するんだけど、さっそく庭を黒人の使用人が掃除をしいる光景を見て「不穏レベル」4に、笑顔で話しかけてくれるローズの両親に歓迎されながらも更には家のキッチンには黒人のメイドも、これで「不穏レベル」5に上がりました。

しかしローズの父親は「言いたいことは分かる、白人が黒人を使う(南部の)典型的な家に見えるだろうが私はリベラルだ。もしもオバマに3期目があればきっと私は〜ベラベラ〜」という話を聞いた主人公は一応納得した様子で、「不穏レベル」も一気に3にまで下がりました。

しかしその夜、皆揃っての夕食の時にやけに黒人を過剰に持ち上げるような褒め会話に「不穏レベル」がまた4になり、やたらと格闘技を組みたがるローズの弟「不穏レベル」8になります。

夜中に外でタバコを一服しようとすると黒人使用人が家の周りを黙々と全力疾走しているのを見て「不穏レベル」15になります。

そして上を見上げれば窓ガラスを見ながら1人でニンマリ笑ってる黒人メイドを目撃して「不穏レベル」30に上がります。

家の中に戻ると「これで禁煙できるから」とローズの母親から催眠療法を受けたらその後で悪夢を見て「不穏レベル」100に、そして次の日にローズの両親達の親族や友人を招いた謎のパーティに参加した主人公の居心地の悪さに「不穏レベル」180に、そして黒人メイドの「No,No,No,No,No,No,No...」で「不穏レベル」300まで上がり、謎のパーティーのビンゴ大会「不穏レベル」1000に到達したのでした。

 

もうやだ、これ絶対何か起こる。

 

と観客の誰もが思ったそこからこの映画は大きく展開が変わっていくんです。

 

はたして主人公は非常に居心地の悪い彼女の実家からゲット・アウトすることができるのか?

 

謎のパーティとは何なのか?

 

とうとうレベル260にまで達した、この作品を包む「不穏レベル」の正体とは何か?

 

といったところを軸に物語が進んでいきます、その辺りに注目して観ると良いと思います。

 

 主要登場人物キャスト

 

  ダニエル・カルーヤ  

©2017 Universal Pictures

 

 劇中では写真家の黒人青年クリス・ワシントンを演じています。

 

この俳優は『ジョニー・イングリッシュ気休めの報酬』『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』『ボーダー・ライン』などで脇役として出演してますね。

この作品で長編映画の主演を初めて務めます。

今時な繊細さも感じさせる風貌と確かな演技力で見事に役にハマってて、それが評価されて第90回アカデミー賞では主演男優賞にもノミネートされてましたね。

それが評価されて、その後MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)映画の『ブラックパンサー』では主人公ティ・チャラの親友の役としてキャスティングされます。

 

●  アリソン・ウィリアムズ

©2017 Universal Pictures

 

 劇中では大学生で、主人公(クリス)の恋人の白人女性のローズ・アーミテージを演じてます。

 

彼氏を引っ張っていく強い女性として好演してました。

TVドラマ『 GIRLS/ガールズ』にメインキャストとして出演してた女優さんですね。

この作品が長編映画初出演のようです。

 

●  キャサリン・ キーナー

©2017 Universal Pictures

 

劇中ではローズの母親で、催眠療法を使う心理療法家のミッシー・アーミテージを演じてます。

 

様々な作品で存在感のある脇役として活躍していて『マルコヴィッチの穴』『カポーティー』などが有名ですかね。

 

●  ブラッドリー・ウィッドフォード

©2017 Universal Pictures

劇中ではローズの父親で脳神経外科医のディーン・アーミテージを演じてます。

 

TVドラマ『ザ・ホワイトハウス』のジョシュ・ライマン役が有名ですね。

 

●  ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ

 

こちらは『アンチヴァライル』より引用 (C) 2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.

 

劇中ではローズの弟で医学生のジェレミー・アーミテージを演じてます。

 

17歳の時にチョイ役で出演した『ノーカントリー』で映画デビューします。

その後TVドラマや映画の脇役で活躍して2011年公開『X-MEN:ファーストジェネレーション』で一気に注目を浴びます。

個人的には、彼の出演作品に僕の好きな映画が多いことから自然と注目するようになった俳優さんです。

特に『スリー・ビルボード』は印象に残りましたね。

 

●  リル・レル・ハウリー

©2017 Universal Pictures

 

劇中ではクリスの親友で、TSA(運輸保安庁)に務めている黒人青年のロッド・ウィリアムスを演じてました。

 

この作品の演技が評価されてこの後『TAG タグ』『バード・ボックス』にも出演してます。

 

 ゲティ・ガブリエル

©2017 Universal Pictures

 

劇中ではローズの実家のメイドの黒人女性ジョージナを演じてました。

 

『パージ:大統領令』でカッコイイ姉御を演じてたのが彼女ですね。

この作品では誰もが印象に残る不気味な存在感を残してました。

まだ新人女優さんですがこれから見る機会のも増えて行くことでしょう。

 

●  スティーヴン・ルート

Stephen Root at a tenth anniversary event for the film Office Space.by Matthew Wedgwood is licensed under CC BY 2.0 

 

 

劇中ではローズの実家のパーティーの招待客の盲目の画商のジム・ハドソンを演じてます。

 

多数の映画やTVドラマに出演するベテラン俳優さんで、この作品でも出番こそ多くないですが存在感を放ってます。

 

 「見どころ」はここだ!

 

気持ち悪いという恐さ

まずはここからでしょうね。

というかネタバレ無しでこの映画の面白さを紹介するのは結構大変なんですよね〜。

だからとっとと観て下さいね!と言うのが1番早いかもしれませんね。

 

うん、わかった今すぐ観るって?

 

いや、すごい素直じゃないですか!笑

 

それはもちろん観てくれるなら嬉しいですけど、なんか悪い気もするんでちゃんと紹介しますよ!

 

この映画はホラーとかスリラーなんて宣伝されてるから気構えて観ると、映画の冒頭こそ直接的に恐いシーンがあるんですけどその後は当分無いんですよ。

この作品は最初にガツンとかましておいて急におとなしくなるんですよ、それもそれで恐いんですよね。

そのなにが恐いかって言うと、直接的に何か起こってるわけじゃないのに観てる観客に「どこかがおかしい」と常に何か気持ち悪い感覚を味あわせてくるんです。

しかもそこも単に恐いだけじゃなく、ちょっと笑える感覚も混じっていたりするんでどうも変というか主人公のクリス同様に観客にも居心地の悪さを感じさせるんですね。

そういった恐さと笑いの奇妙な同居というのが、この作品の特徴じゃないですかね。

だから観てると、あの人は何か変じゃないか、変…だよね?この家は何か変じゃないか、変…だよね?と勝手に不安定な想像を膨らませてしまうのです。

 

「不穏レベル」の正体と監督のジョーダン・ピール

僕が勝手に「不穏レベル」と名付けて遊んでた(ごめんなさい)あの気持ち悪さとは一体なんなのでしょうか。

 

それは、大雑把に言ってしまえば日常の中の無自覚な差別ですね。

 

それこそがこの映画全体を包んでいた「何か気持ち悪いという恐さ」なんです。

 

そういう映画だったんだって?

 

そうなんです、実は人種差別に対する訴えがしっかりと込められた作品なんですよ。

 

どうしてホラー映画なのにこういうテーマの作品が作られたのかは、監督のジョーダン・ピールという人を知ればとても分かりやすいと思います。

 

Key and Peele with their Peabody Award.byPeabody Awards is licensed under CC BY 2.0

 

ちなみにこんな人です。

 

そんな監督は知らないって?

 

多分そうだと思います!

僕もこの作品で知ったぐらいですからね。

監督としても新人なので日本だと特に馴染みがないですもんね。

ニューヨークで生まれたアフリカ系アメリカ人なんですが、キャリアとしてはコメディアンとして人気が出た人なんです。

同じくコメディアン仲間のキーガン=マイケル・キーと共にコンビを組んだ「キー&ピール」という番組などがあります。

さっそくネットで「キー&ピール」の動画を見てみたんですけど、これが結構面白くてこのブログを書く手が止まるというね。笑 

 

これとかは、お互いどっちのかぶってるキャップがより新品か張り合うといったおバカな内容で、英語が分からなくても普通に面白いと思います。


Key & Peele - Dueling Hats

 

 

そういえばよお、日本でコントと呼ばれる笑いのスタイルをアメリカではスケッチと呼ぶんだよなあ(...お前誰だよ)

 

それでどういう内容のスケッチが多いかと言うと、主に自身の身の回りのストリートカルチャー(文化)や社会問題や人種問題などの違和感や可笑しさを探してネタにするということをやっているんですよね。

そういう誰しも日常で波風立てないようにして見て見ぬふりをしている本当はそこにあるはずの些細な差別感情や言動を探し出す目線、いや「拾い出す目線」を持った人なんです。

そういった場面を、普段は無関心を装い無かった事にして過ごしてしまっている自分の変わりにツッコんでくれるから面白がってみんなジョーダン・ピールの笑いを見るわけですね。

そして自身が初めて映画の監督をすることになり、昔から大好きだったホラーというジャンルで作ろうと思った時にも、さっき言った日常のさりげない差別を「拾い出す目線」を取り入れようと思ったわけです。

 

人を笑わせるコメディアンなのに、人を恐がらせるホラー映画が大好きというのもなんだか面白いですよね。

実はそれがこのジョーダン・ピールという監督の個性でもあるんです。

監督のインタビューなどによれば笑いと恐怖というのは真逆のように見えて実は両方の感情の出発点は同じ場所という考えを持っているようです。

 

分からないようでちょっと分かる気もするって?

 

僕もちょっと分かる気がして、コント番組とか見てても、登場人物の個性があまり行き過ぎたら笑えるけど恐い感覚とスレスレだったり。

それがあるラインを越えると日本だと引くとかドン引きするっていう表現の使われ方になるんだね。

 

ホラー映画に関しても小学や中学ぐらいのときなんか怖すぎるとなぜか笑ってしまってたからね。なにこの怖さ、バカじゃないの?って。笑

これなんかそものもズバリですよね。

 

監督によれば、そもそも人間は完璧ではなくて常にどこかで不合理だったりズレてたり不条理なものを抱えた存在で、まるで不完全な生き物です。人間とは。

その不完全さの正体は一体なんなの??という大きな好奇心が人々をコメディだったりホラーに駆り立てるのです。

そのもやもやした不完全さを笑いや恐怖としてちゃんと受け入れることで人の心が整理されて感情をコントロールする余裕が生まれるんだそうです。

 

あとはそういう深いところだけじゃなくて、もっと単純に映画の構造としてもコメディとホラーは共通する部分が沢山あるみたいです。

だから監督もこれまでコメディで学んできたことを今回のホラー映画に思う存分に使うことが出来たと言っていますね。

 

これも確かにコントの設定って冷静に考えればそれ恐いよねってのも沢山あるし、ホラー映画の話の設定も冷静に考えたらバカらしくて笑えてくるのも沢山ありますもんね。

その天秤のバランスなんですね、笑いと恐怖というのは。

 

アカデミー賞の脚本賞をゲット

この映画は第90回アカデミー賞の脚本賞を受賞しています。

映画において脚本はとても重要で、これが作品ほ骨組みになります。

そしてこの映画の脚本は誰が書いたのかというと、さっき言ったジョーダン・ピール監督自身が書いてるんです!

その年の脚本賞にノミネートされた他の作品を見ても、どれも脚本が良かった作品ばかりなんですよね。

特に『スリー・ビルボード』は脚本が良く出来ていてこの作品が脚本賞を獲るだろうと言われてたぐらいです。

 

じゃあどうしてこの作品が脚本賞を獲れたのかって?

 

それはもちろん脚本自体の出来が良いってのもありますよ、とにかく無駄がないですからね。

しかしそれ以上に時代に後押しされたというのが大きいと思います。

アカデミー賞というのは時代性によって追い風や逆風が吹くというところで、どの作品がどの賞を獲ると完璧には予想しきれないところが面白いんですよね。

 

ではさっき言った時代の後押しとは何なのかという前に、そもそもジョーダン・ピール監督がなぜ今作のような題材で映画を作ろうと思ったのかをちょこっと説明すると分かりやすいかもしれません!

2009年にアフリカ系アメリカ人として初めてバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国に就任してからしばらく、オバマ政権が比較的安定してる時期にピール監督はこの作品を考えたようです。 

その頃のアメリカの雰囲気に対してピール監督「黒人が大統領になっただけでまるで人種差別も無くなったかのような空気」に疑問を感じていたようで、日常の中には人種差別がまだ沢山あるのに皆がそれを見て見ぬ振りをしている状況に少しでも刺激になればとこの作品を作り始めたんです。

そしてその数年後にドナルド・トランプ大統領が誕生して、アメリカのトップが差別的発言を振り撒いて国民同士の対立を半ば煽ったことでで。、ピール監督の言っていたオバマ政権の頃の「空気」を壊してしまいました。

これによって選挙でオバマ大統領の選んだことでアメリカは進歩したように見えて実はこんなに差別が溢れている現実がどんどん浮き彫りになっていったんです。

まさにピール監督が疑問を投げかけようと思って作った内容と時代性が皮肉にも重なってしまったんですね。

そういった時代性との重なりと、ピール監督の社会の先を見る確かな目というのに【脚本賞】が送られたと思ってもいいかもしれませんね。 

あと、その時代性と重なりを多くの人が感じたからこそこの映画が豪華キャストも出てない低予算映画なのに全米で大ヒットした要因の1つになってるのかもしれません。

 

この映画、2度目が更に面白い!

こいういうネタバレ厳禁タイプの映画って、物語の展開のひねりの部分を知ってしまってるから2回目観ても面白くないんでしょ?と思う人も多いかもしれませんね。

 

普通みんなそんなもんでしょ、って?

 

分かります。でもこの映画は2度目がもっと面白くなるんですよ!

もちろん1度目の鑑賞と同じように物語の展開だけを追って観たらそれは同じ事なので退屈に感じるかもしれません。

でも1度観た人は全てを知ってるんです、最初から企みを暴いてやろうという目線で見ると全然違う楽しみ方が出来るんです。

試しにそういう目線で観て下さい。

 

もはや最初っから、「そうとしか見えない」から。笑

 

これは脚本の良さにも関係するかもしれませんが、とにかくこの映画は物語の最初から主人公が決定的な事態に陥るまでの間、さらにその先も、一見何も起こっていないように見えて実はこの映画の正体についての伏線と暗示が初めから至る所に散りばめられいるんです!

 

例えばとある登場人物のファーストカット(1番最初に作品画面に登場した場面)、沢山の中から「何か」を物色する人であるというのがそこですでに暗示されてます。

 

オープニングクレジットと一緒にクリスの部屋が映される場面では、クリスの部屋に飾られてある大きな写真の中にはすでにこの後に起こることを暗示してるような写真が混ざってます。

 

登場人物達の会話も2度目の鑑賞時はまた別の意味に聴こえてきてます。

些細な会話も、そうなる事を見越して色々な確認や心配をしてるようにしか聞こえませんね。

劇中で主人公が言われる「ゲットアウト!」というセリフも2度目の鑑賞時はきっと違う意味に聞こえるはずです。

 

ローズの実家に車で向かう途中に鹿を轢き殺してしまう場面も、主人公がそのまま息絶えてく鹿を見て亡くなった母親に関するトラウマを連想するという物語上の意味もありますが、黒人男性に対するスラングや、狩(ハント)をされる側(されてきた黒人の)立場だったり、あ複数の意味合いもあるようです。

 

劇中で重要な役割を果たす綿も、たまたま綿を作品に出した訳じゃありません、もちろんこれは黒人の多くが昔は綿花栽培で奴隷として働かされていた歴史が込められています。

この映画の中では鹿や綿がかつての酷い黒人差別という背景が暗示された道具であること、同時にこの2つの道具は主人公の抱えるトラウマの象徴であること、それを踏まえた上で2度目鑑賞した時には、終盤その使い方にカタルシス(鬱憤を解放することによる浄化)を感じるはずです!

ネタバレにならないように分かりやすいところを取り上げて言いましたが、これだけじゃありません。

まだまだ暗示や伏線だらけなんです。

きっと色々と気付くと思います。

せっかく2度楽しめる映画なんです、どうせなら味わいたいじゃないですか。

伏線を張った物語に興味があるとか、勉強したい人にもこれはちょうどいい作品だと思いますね、ムダなく伏線と暗示が埋合ってるんで。

 

おわりに

ここまできたら観たことない人はとりあえず観てみようかと、1度観た人もまた観てみようと思ったわじゃないでしょうか。

 

まあ、考えとくって?

 

最初の素直さはどこ行ったんですか!笑

 

それでもいいんです、考えて、なんだか気になって観てくれればそれで嬉しいですね。

あとジョーダン・ピールという監督さんも覚えておくと今後その名を見る機会も多くなるかもしれませんよ!

 

と、まあなんか分かったような事を色々と言ってきましたが、僕がこの作品から受け取ったメッセージなんて「彼女よりも友達を大事にすべし!」でしたからね。

 

観る目が無いって!?

 

すみませんでしたー!

 

 

第90回アカデミー賞(2018)全受賞作品&ノミネート作品一覧

 

 ★作品賞★

【受賞】「シェイプ・オブ・ウォーター」

 〜以下ノミネート〜

「君の名前で僕を呼んで」

「ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男」

「ダンケルク」

「ゲット・アウト」

「レディ・バード」

「ファントム・スレッド」

「ペンタゴン・ペーパーズ」

「スリー・ビルボード」

 

★監督賞★

【受賞】ギレルモ・デルトロ

「シェイプ・オブ・ウォーター」

〜以下ノミネート〜

クリストファー・ノーラン

「ダンケルク」

ジョーダン・ピール

「ゲット・アウト」

グレタ・ガーウィグ

「レディ・バード」

ポール・トーマス・アンダーソン

「ファントム・スレッド」

 

★主演男優賞★ 

【受賞】ゲイリー・オールドマン

「ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男」

〜以下ノミネート〜

ティモシー・シャラメ

「君の名前で僕を呼んで」

ダニエル・デイ=ルイス

「ファントム・スレッド」

ダニエル・カルーヤ

「ゲット・アウト」

デンゼル・ワシントン

「ローマンという名の男  信念の行方」

★主演女優賞★

【受賞】フランシス・マクドーマンド

「スリー・ビルボード」

〜以下ノミネート〜

サリー・ホーキンス

「シェイプ・オブ・ウォーター」

マーゴット・ロビー

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

シアーシャ・ローナン

「レディ・バード」

メリル・ストリープ

「ペンタゴン・ペーパーズ  最高機密文書」

★助演男優賞★

【受賞】サム・ロックウェル

「スリー・ビルボード」

〜〜以下ノミネート〜〜

ウィレム・デフォー

「フロリダ・プロジェクト  真夏の魔法」

ウッディ・ハレルソン

「スリー・ビルボード」

リチャード・ジェンキンス

「シェイプ・オブ・ウォーター」

クリストファー・プラマー

「ゲティ家の身代金」

★助演女優賞★

【受賞】アリソン・ジャネイ

「アイ,トーニャ  史上最大のスキャンダル」

〜以下ノミネート〜

メアリー・J・ブライジ

「マッドバウンド  哀しき友情」

レスリー・マンビル

「ファントム・スレッド」

ローリー・メトカーフ

「レディ・バード」

オクタビア・スペンサー

「シェイプ・オブ・ウォーター」

★脚本賞★

【受賞】「ゲット・アウト」

ジョーダン・ピール

〜以下ノミネート〜

「ビッグ・シック  ぼくたちの大いなる目ざめ」

エミリー・V・ゴードン、クメイル・ナンジアニ

「レディ・バード」

グレタ・ガーウィグ

「シェイプ・オブ・ウォーター」

ギレルモ・デル・トロ、バネッサ・テイラー

「スリー・ビルボード」

マーティン・マクドナー

★脚色賞★

【受賞】「君の名前で僕を呼んで」

ジェームズ・アイボリー

〜以下ノミネート〜

「The Disaster Artist(原題)」

スコット・ノイスター、マイケル・H・ウェバー

「LOGAN ローガン」

ジェームズ・マンゴールド、スコット・フランク、マイケル・グリーン

「モリーズ・ゲーム」

アーロン・ソーキン

「マッドバウンド 哀しき友情」

バージル・ウィリアムズ、ディー・リース

★撮影賞★

【受賞】「ブレード・ランナー2049」

ロジャー・ディーキンス

〜以下ノミネート〜

「ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男」

ブリュノ・デルポネル

「ダンケルク」

ホイテ・バン・ホイテマ

「マッドバウンド  哀しき友情」

レイチェル・モリソン

「シェイプ・オブ・ウォーター」

ダン・ローストセン

★編集賞★

【受賞】「ダンケルク」

〜以下ノミネート〜

「ベイビー・ドライバー」

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

「シェイプ・オブ・ウォーター」

「スリー・ビルボード」

★美術賞★

【受賞】「シェイプ・オブ・ウォーター」

〜以下ノミネート〜

「美女と野獣」

「ブレード・ランナー2049」

「ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男」

「ダンケルク」

★衣装デザイン賞★

【受賞】「ファントム・スレッド」

マーク・ブリッジス

〜以下ノミネート〜

「美女と野獣」

ジャクリーン・デュラン

「シェイプ・オブ・ウォーター」

ルイス・セケイラ

「ヴィクトリア女王  最後の秘密」

コンソラータ・ボイル

★メイキャップ&ヘアデザイン賞★

【受賞】「ウィンストン・チャーチル  ヒトラーから世界を救った男」

〜以下ノミネート〜

「ヴィクトリア女王  最後の秘密」

「ワンダー  君は太陽」

★視覚効果賞★

【受賞】「ブレード・ランナー2049」

〜以下ノミネート〜

「スター・ウォーズ  最後のジェダイ」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー   リミックス」

「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」

「キングコング  髑髏島の巨神」

★録音賞★

【受賞】「ダンケルク」

〜以下ノミネート〜

「ベイビー・ドライバー」

「ブレード・ランナー2049」

「シェイプ・オブ・ウォーター」

「スター・ウォーズ  最後のジェダイ」

★音響編集賞★

【受賞】「ダンケルク」

〜以下ノミネート〜

「ベイビー・ドライバー」

「ブレード・ランナー2049」

「シェイプ・オブ・ウォーター」

「スター・ウォーズ  最後のジェダイ」

★作曲賞★

【受賞】「シェイプ・オブ・ウォーター」

アレクサンドル・デスプラ

〜以下ノミネート〜

「ダンケルク」

ハンス・ジマー

「ファントム・スレッド」

ジョニー・グリーンウッド

「スター・ウォーズ  最後のジェダイ」

ジョン・ウィリアムズ

「スリー・ビルボード」

カーター・パーウェル

★主題歌賞★

【受賞】“リメンバー・ミー(Remember Me)”

「リメンバー・ミー」

〜以下ノミネート〜

“Mystery of Love”

「君の名前で僕を呼んで」

“Mighty River”

「マッドバウンド  哀しき友情」

“Stand Up for Something”

「マーシャル   法廷を変えた男」

“This Is Me”

「グレイテスト・ショーマン」 

★長編アニメーション映画賞★

【受賞】「リメンバー・ミー」

〜以下ノミネート〜

「ボス・ベイビー」

「生きのびるために」

「フェルディナンド」

「ゴッホ  最後の手紙」

★外国語映画賞★

【受賞】「ナチュラルウーマン」(チリ)

〜以下ノミネート〜

「判決、ふたつの希望」

(レバノン)

「ラブレス」

(ロシア)

「心と体と」

(ハンガリー)

「ザ・スクエア  思いやりの聖域」

(スウェーデン)

★長編ドキュメンタリー映画賞★

【受賞】「イカロス」

〜以下ノミネート〜

「Abacus: Small Enough to Jail(原題)」

「顔たち、ところどころ」

「アレッポ  最後の男たち」

「ストロング・アイランド」

★短編映画賞★

【受賞】「サイレント・チャイルド」

〜以下ノミネート〜

「Dekalb Elementary(原題)」

「The Eleven O'Clock(原題)」

「My Nephew Emmett(原題)」

「Watu Wote: All of us(原題)」

★短編ドキュメンタリー映画賞★

【受賞】「Heaven Is a Traffic Jam on the 405(原題)」

〜以下ノミネート〜

「Edith+Eddie(原題)」

「ヘロイン×ヒロイン」

「Knife skills(原題)」

「Traffic Stop(原題)」

★短編アニメーション映画賞★

【受賞】「親愛なるバスケットボール」

〜以下ノミネート〜

ガーデンパーティー(原題:Garden Party)」

「LOU」

「ネガティブ・スペース」

「へそまがり昔ばなし(原題:Revolting Rhymes)」

 

〜以上24部門

 

 

トピック

 

2018年3月4日(現地時間)にカリフォルニア州ハリウッドのドルビー・シアターで開催され、司会は前回に引き続きコメディアンのジミー・キンメルが務めた。

一体どの作品がアカデミー賞の数ある部門の最重要部門である【作品賞】を獲るのかというメディアや評論家のアカデミー賞予想では『スリー・ビルボード』が本命と言われていたが対抗馬であるギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞を受賞した。

ファンタジーやクリーチャー(怪獣)やホラー作品がアカデミー賞で作品賞を受賞するのは極めて稀な事で、デル・トロ監督は授賞式の1週間前にスティーヴン・スピルバーグ監督から電話で「もしも受賞したらそれはレガシー(遺産)なんだ。このフィルムメーカーの世界の一員になるんだよ。誇りに思え。」と言われたと語っている。 

 

またデル・トロ監督はスピーチの冒頭、こう語った。

「ありがとうございます。私は移民です。(アメリカに住む)多くの皆さんと同じようにね。25年間この国に暮らしてきました。私たちの業界の素晴らしいところは、国境線を消し去ってしまえるところだと思います。世界がその“線”をより深く刻むときこそ、私たちは消し続けていくべきです。ここ道を私と共にしてくれた全ての人々に感謝します」

 

映画『ズートピア』 それは本当にユートピア?現在アメリカへ向けて、多様性は”楽しい”というディズニーの挑戦だ! 【第89回アカデミー賞】

 

『ズートピア』

 

 第89回アカデミー賞(2017)

 

 ★【長編アニメーション映画賞】

 

 

©2016 Disney.

 

 

原題:Zootopia

2015/アメリカ 上映時間109分
監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
共同監督:ジャレッド・ブッシュ
製作:クラーク・スペンサー
製作総指揮:ジョン・ラセター
音楽:マイケル・ジアッキノ
主題歌:シャキーラ「Try Everything]
日本版主題歌:Dream Ami「トライ・エヴリシング」
声の出演:ジニファー・グッドウィン、ジェイソン・ベイトマン、イドリス・エルバ、ネイト・トレンス、J・K・シモンズ、ジェニー・スレイト、トミー・“タイニー”・リスター、レイモンド・パーシ、オクタビア・スペンサー、シャキーラ、ボニー・ハント、ドン・レイク、
モーリス・ラマルシュ、トミー・チョン
声の出演(日本版キャスト):上戸彩、森川智之、三宅健太、高橋茂雄、玄田哲章、竹内順子、Dream Ami、芋洗坂係長

 

 

 

 

巷では元号が平成から令和に変わったり、東京五輪のチッケト抽選予約が始まったり、過去最長のゴールデンウィークから復活出来る人もいれば出来ない人もいたりと、まあ色々と世の中動いてますよね。

とはいえ、しかし。

 いや〜本当にね、こればっかりは自分でもビックリですよ。

  

1年以上更新してないなんてね。笑

 

何でしょうね〜元来のナマケモノ根性が現代社会という荒野で火を吹いた(カッコわるっ)とも言えるのかもしれないし、時間という魔女とワルツを踊っていた(うわダサっ)のかもしれない。

今となっては誰にもわかりません。

追求してはいけません…

ただこの前、車の税金の納税通知書が届いたときに印字してあった「令和1年」という文字を見て初めて元号が変わったのを実感したんです。

そしたらどうでしょう、平成に何かを置き去りにしてきたような気がしてたまらなくなったんですよね。

でも、その何かを必死に探したら見つけたんです!

そう、このブログです!

僕はこの令和の世界から、平成の忘れ物 数記事書いただけで1年ほったらかしたブログを取りに来たんです!(ドヤ!)

 

 

 

カッコ悪過ぎません?笑

 

 

 

でもいいんです。

僕が言いたいのは、それでも今これを書いているという事。

間が空いたって別にいいんです、何かを再開するのに、そして何かを始めるのに、遅すぎるなんてことは無いのだから。

またトライすればいいんだよ、何度だって。

そんな事を、誰かに言いたいですね。

 

 

と、まあこんな前置きともあながち無関係じゃないかもしれない映画を紹介したいと思います。

 

『ズートピア』 です!

 

©2016 Disney.

 

さあ来ました、ディズニーアニメですよ!皆に愛されるディズニーですよ!

僕が紹介しなくたってみんな観るだろう…ってかもう観てるだろうという気がしてたまらないのですが紹介するしかないのです。

なぜなら、あらゆる面でものすごいクオリティが高い映画なんです!

 

でもディズニーだし子供向けなんでしょって?

 

いやいやそんなことはありません、大人もめちゃくちゃ楽しめるとても層に厚みのある作品なんです!

 

ということで、その辺を紹介できたらなと思います。

 

 

 

あらすじプラス

まず動物たちが主役の映画なんだけど、じゃあ人間はどうしてるの?と思う人もいるかもしれませんが設定上では人間が存在したことのない動物たちだけが暮らす別世界ということになっています。

その動物たちが進化を遂げて今の僕らの地球のような高度な文明社会を築いて来て「肉食動物も草食動物も仲良く暮らす世界」が舞台の物語なんです。

まあ、動物たちとは言っても観客が物語に集中できる絶妙なバランスであえて哺乳類に限定してあるという工夫がされてるんですけどね。

 

 

 

主人公は田舎町に住むウサギのジュディです。

「より良い世界を作るため」に警察官を夢見てるんだけど両親からは割と反対な感じで、ウサギがわざわざそんな危険な職業に就かなくても皆んなで一緒に畑でニンジンを作ろうよ的なことを言っています。

しかも今までウサギで警察官になった者はいない、というのを考えれば両親が心配して反対するという気持ちは理解出来なくはないんですけどね。

しかし夢を追う者を説得するには逆効果にしかならない「私達が幸せなのは夢を諦めたからなんだよ」なんてことを言っちゃうんですよ。

まあそれも1つの正論ではあるんですけど、夢追い人にはしらける言葉にしかならないわけで主人公のジュディは俄然警察官になる夢を諦めずに結局は心配する両親や親戚一同に見送られながら、誰もが何にでもなれる街ズートピアに旅立つんです。

そしてズートピアの警察学校では苦労するも持ち前の負けん気で見事に首席で卒業し、ジュディはウサギ初の警察官になりました。やったね!

だからもう「待っとれや悪党ども、ワシが世の中の悪を全部退治しちゃる!」(多分言ってなかったと思います)ジュディが息巻いてズートピア警察官またの名を「ZPD」に出勤すると担当させられたのは駐車違反の取締りでした。

う〜ん悲しいかなこれが現実で、しかもそれに対して水牛のボゴ署長にちょっと反抗的な態度をとったりしたもんだから「だったら1日100件の駐車場を取り締まってみろ!」なんて無茶な命令をされたりして、出だしから盛大につまずくありさま。

それでもめげずに「100件言うたのう、じゃったら200件取り締まっちゃるけえの!」(これは割とそんな事言ってました)とアメリカンアッパーマインドで頑張ってたら街でキツネの詐欺師ニックと出会います。

それでジュディの善意を利用されてまんまと騙されて、まあ何というか都会の現実に打ちのめされてしょんぼりアパートに帰るわけです。

次の日も駐車違反を取り締まってたらジュディの目の前の花屋で強盗が起こるんですよ、そりゃもうチャンス!とばかりに自分の持ち場を離れて強盗犯を追いかけて街中をドタバタ駆け回って強盗犯を捕まえてドヤ顔で警察署に戻ると、そこには怒りMAXのボゴ署長が「ちょっとこいや、ワレ」とばかりにジュディを待ってたのです。

配属されて間もないのに職務放棄命令違反でとにかくこっぴどく怒られているところに、

最近ズートピアを騒がしている肉食動物の連続失踪事件で夫が失踪してしまったオッタートン夫人が「主人をはやく探してほしい」と嘆願に来ます。

それを横で聞いていたジュディはたった今怒られている最中だったにも関わらず「ワシが探しちゃる!」と自分が捜査に出ると勝手にオッタートン夫人に約束してしまいボゴ署長はブチギレ「これはクビですわ」と警官バッジを取り上げられそうになったところを運良く現れたズートピアの副市長であるヒツジのベルウェザーのおかげでジュディの即クビはまのがれたものの、「48時間以内に見つけられなければクビだ」ボゴ署長から最終通告をうけてしまったからさあ大変です。

そしてジュディは事件の手掛かりを探す中ひょんなことからキツネの詐欺師ニックを巻き込んで(ほとんど脅迫!)2人で事件の捜査をすることになるんですよ。

 

さあ、ジュディは48時間以内に失踪したオッタートンさんを探し出し、無事にズートピア警察署に残ることが出来るのか?

 

ズートピアを騒がしている肉食動物の連続失踪事件の謎は一体何なのか?

 

そして騙しと脅迫から始まった消極的な相棒ニックとジュディの関係性はどうなっていくのか?

 

その辺りを軸にストーリーがどんどん展開されていきます。

 

 

©2016 Disney.

主人公ウサギのジュデイとキツネのニック

©2016 Disney.

まあ、この顔!

 

アカデミー賞の長編アニメーション賞

この『ズートピア  』が89回アカデミー賞の長編アニメーショ賞を受賞したわけなんですけど、まあこの部門は基本的にはだいたい毎年ディズニーかピクサーが賞を獲ってしまいます。

実際、賞に値するようなハイパークオリティな作品を毎年のように作ってるので無理もないんだけど、この89回アカデミー賞の2017年は長編アニメーション賞にノミネートされた他のアニメーション作品も良い作品があります。

特に『KUBO クボ  二本の弦の秘密』『僕の名前はズッキーニ』なんかはこの『ズートピア  』に負けず劣らずの素晴らしい作品だったのでぜひ観て欲しいんですが、それらを差し置いて『ズートピア  』が長編アニメーション賞を受賞したのは、ディズニー作品のハイパークオリティである以上にやはりドナルド・トランプ大統領の誕生した事に代表されるその年のアメリカ社会の殺伐とした空気が映画界に願いとして反映されたものなのかなと思います。

そこにしっかりと応える作品になってるのではと思いますね。

 

ここを紹介したい!

 

ズートピアという街、そしてその世界観が素晴らしい!

 

まず、映像って大事ですよね?

 

もちろんストーリーも大事なんだけど、こういったアニメーション作品としてはまず観客が目で見て直接的に楽しませる要素としていかに映像として楽しいものになっているのかは重要だと思うんです。

 

確かに映像が平凡だったら退屈かもしれないって?そう、そういうことです!

 

その点、ディズニーというのはミッキーマウスがそうであるように動物をキャラクターにしてアニメーションとして動かすということをず〜っとやってきたスタジオなんですよ。

昔のディズニーのアニメーターの人達が幾度も工夫して積み重ねた「技術」というのが何十年もしっかりと受け継がれているからこそ毎作品ディズニーアニメの映像表現は圧倒的なクオリティーの高さなんです。

 

昔の手書きアニメの技術なんて今のCGアニメに関係あるのかって?

 

お!それがちゃんと関係あるんです!

手書きアニメでもCGアニメでも実は動物や人間をいかに魅力的に動かすかという根幹部分はどちらも同じなんです。

 

実際に監督の1人であるリッチ・ムーアもインタビューで “「私たちのスタジオの優れたアニメーター達が駆使している技術は、60〜70年前のディズニーのアニメーター達が使っていた技術と非常に類似している」” と言ってますしね。

 

つまり、動物をキャラクターとして動かすことなんて朝飯前のディズニーにとって『ズートピア   』の世界はピッタリだし、これまで培われてきた技術を武器に存分に暴れることのできる作品なんです!

しかも今作は、単に得意なことを今まで通りやりました〜、なんてところで終わらずに新たな挑戦をしてるのが凄いんですよ。

 

それは大きいところだとやはり動物達のサイズですね。

実は動物をそのままのサイズで描くアニメって非常に少なくて、それはディズニーであっても例外じゃないんです。

例えばミッキーマウスグーフィーはアニメ上はパッと見て背が低いか高いかぐらいの違いしかないですよね?でもこれを動物としてリアルなサイズにしてみたら当然ネズミと犬じゃ何倍も大きさが違います。

つまりほとんどのアニメーション作品の、特に動物がしゃべったりするような擬人化されたキャラの場合は小動物も大型動物も画面内であまりサイズの差が極端にならないようになるべく同じようなサイズ感で描いてるんですよ。

 

そういえばそんなの当たり前過ぎて意識したことなかった?

 

そうなんですよ!それが多くのアニメの描き方ですからね、僕もこの映画を観るまではそこまで意識した事なかったですよ。

でも確かにそうですよね、例えばネズミが生活するのに使う道具や家具をゾウが同じように使うことなんて普通は出来ないはずですからね。

それを再現するのは手間もかかって大変だし、そもそもそこまでしてリアルなサイズ感を再現することに作品としてあまり必然性もないので敢えてやってないって部分もあったのかなとお思います。 

 

しかし、この『ズートピア   』は必然性も込みで見事にそれをやってるんです!

ネズミは実際のネズミの大きさで、ゾウは実際のゾウの大きさで表現されて街で暮らしてるんですよ。

動物達がそれぞれのサイズで不自由なく生活できるように街全体が設計されてるんです。

さらに、暑い所が好きな動物や寒い所が好きな動物などそれぞれ特性を持った動物達にも対応していて雪と氷の街のツンドラ・タウン、ラクダなど砂漠の動物達が暮らすサハラ・スクエア、ネズミなど小動物が暮らす都会リトル・ローデンシア、熱帯雨林のリトル・フォレスト地区やズートピアの中心部の大都会サバンナ・セントラルなど、それらを見てるだけでも色々なアイデアが詰まっていて楽しくなりますね。

例えば僕が面白いなと思ったアイデアの1つに寒い街ツンドラ・タウンと暑い街サハラ・スクエアは隣接してて、その境界にある巨大なエアコンが寒い街に冷気を送って冷やし、その排熱を利用して暑い街へ熱い風を送ってるみたいなんだけど、もちろんバカみたいなスケールではあるけどちゃんと街の機能面も考えられてるでしょう?そういったアイデアがそこら中にちりばめられてるんですなあ〜これが。

 

別にお前が考えたわけじゃないだろって?

 

E x a c t l y !

 

そういった世界作りの工夫があるから動物達がそのままのサイズ感で描かれてても僕ら観客も違和感がないんだよね。

あとそれからサイズ感だけじゃなく、それぞれの動物らしい仕草も積極的に取り入れられてるのも良いね。

基本的に動物達はズートピアという文明社会を二足歩行で暮らしてるんだけど、例えば主人公のジュディは急いだり瞬発力が必要な場面では四足歩行に切り替わってピョンピョン跳ねたりして実際の動物としてのウサギっぽさも感じられたりして、その切り替えとか動きがあまりにスムーズで自然だからアニメ表現として気持ちいいんですよ。

怖いとジュディの鼻がヒクヒクしたり耳が立ってたり寝てたりと、ごく自然に動物らしさも取り入れてくるところなんか本当ディズニーは妥協しないですよね。

 

その妥協しなさとも関係あるんだけど、僕がこの映画を観てうわ〜偉いなあと思うのはさっき言ったズートピアの街のアイデアや表現それ自体がこの作品のテーマの1つ多様性を直感的に感じれるようになっているところですね。

この街のアイデアを凝らした設計やそのあり方、それは要するに皆それぞれが生まれ持った特性を我慢しなくていい社会ということなんです。

その象徴としてズートピアの動物達のサイズ感をありのまま描くという表現は、この作品にとって必然性があるように思います。

 

 

©2016 Disney.

色んな大きさの動物たち

ディズニー初の警官バディもの!?

 

ではないんですよね、それが。笑

ジュディがディズニー初の警察官の主人公とい点ではそうなんだけど、相棒のニックは詐欺師なんで警察官じゃないんですよ。

 

でも、ちょっと聞いて下さいよ!

 

ジュディニックがバディ関係になった時に、その場に居合わせたニックの元詐欺仲間から「お前の方がお似合いだぜ」と言われてニックに警察バッジのシールをぺたんと貼るんですよ。

まあそれはギャクの流れではあるんだけど、でもね、夢を諦めたニックの内面の物語にとっては、バッジのシール貼られて意図せずとも仮の警察官となってしまったことは大きい意味を持つんです。

物語上でも大事な役割を果たします。

 

だからこれは新米警察官と仮免警察官の警官バディものと言ってもいいんじゃないですか?

 

ギリオーケー?ダメ?ダメか〜!

 

バディものとしての面白さで言えば、この作品の作り手がオマージュを捧げるウォルター・ヒル監督の『48時間』という映画があってニック・ノルティ演じる白人警官とエディ・マーフィー演じる黒人のチンピラがもっと悪い奴を捕まえる為に48時間だけコンビを組んで捜査するというもので(ボゴ署長!さてはこの映画観たな?)、『ズートピア』もまるでその2人さながらの凸凹コンビで楽しませてくれます。

初めの方は、やる気に溢れるジュディと無理やり協力させられて消極的なニックとのチグハグなやりとりも面白いし、幼少期のトラウマという共通項をかたやバネにして夢を追うジュディと、かたやそれで夢を諦めたニックとの対比、しかしジュディと共に行動するなかで次第にニックの諦めモードも変化していく様子も見どころですね。

あと、決してうわべの恋愛要素ではなくもっと大きい友情関係の話ではありながらも、ねえねえ2人はくっつくの、くっつかないの、どっちなの〜?とほんと調味料程度に常に観客に思わせる感じは上手いですよね。

終盤の、にんじんペン返してスカスカ〜の場面なんか2人の関係性が死ぬほど可愛いですもんね! 

 

偏見や差別というテーマなのに、しんどくない!

 

もちろんこの映画はフィクションだし架空の世界の物語だけど、とても大きなテーマが込められてますね。

 

さすがにズートピアの世界が今のアメリカを元にしてるのは分かったって?

 

そうなんですよね!

ズートピアのキャッチフレーズでもある「誰もが、何にだってなれる街」なんて、まさにアメリカン・ドリームのことですもんね。

しかも世界中から色々な人が移り住んできて沢山の人種の人達が一緒にくらしてる国なんですよね。

まさにズートピアですね!

 

ちなみに、アメリカン・ドリームも含めたかつての「自由の国アメリカ」という幻想がかろうじて信じられた時代のニュアンスも若干皮肉的に込められてるように感じましたけどね。

 

とにかく、フィクションとは言え今のアメリカをモデルに多様性を描くなら偏見や差別というテーマを避けることはできません。

そのテーマを『ズートピア』では、はるか昔は食べる側食べられる側であった肉食動物草食動物を軸にして描いていくわけです。

だから草食動物のジュディと肉食動物のニックがバディを組むのも作品のテーマとしては必然ですね。

 

え、まさかこの映画ってちょっと前のDCユニバースみたいなノリなのって?

 

いやいや大丈夫、暗くないから!そんなシリアスなノリじゃありません。むしろ大人もめちゃくちゃ笑えるコメディになってるんです!

いやこれを実写映画でやろうとしたら重いし非常にデリケートな問題を多く描写することになるのでとても作るのが難しいんだけど、アニメーションの架空の動物達の世界にすることで絵本を読むような感覚で大事なことを本質まで考えることが出来るんですね。

しかもギャクで笑いながら。

 

要は、しんどくないってことなんです!笑

そりゃあ嬉しいね!

 

 

もちろん敢えて観客にしんどい思いをさせてこちら側に突き付けるような、優れた作品も沢山ありますよ!

 

しかしこの『ズートピア』は最後まで笑えて基本的に楽しい映画なんだけど、とても深いところからお土産を持って帰れるような作品なんですよ。

 

なにせね、妥協しないディズニーが偏見や差別を真正面からズドンと中心に置いて作品を作ったわけですよ。

だからそういった偏見や差別を、ある時は真っ当に、ある時はそれを逆手にとって、時には僕ら観客が無意識に持っている偏見さえも使って徹底的に描き尽くしてるわけです。

 

つまりどういうことって?

 

 

差別する人はする人、差別される人はされる人、NO!世の中そんな単純じゃない!ってことなんです。

例えば悪い人だから差別するとか、良い人だから偏見を持ってないとかそれすらもすでに偏見で、この映画では差別する方と差別される方のポジションが決まったものとして描かれてないのがすごいところなんですよ。

だから人種差別に性差別や外見での偏見や自分世界の偏見や無知からくる偏見などなど様々な形の差別や偏見が描かれるのです。

つまり完璧な人なんていない、我々の誰しもが何かしら偏見を持っているってことをちゃんと描いているんです。

だってそもそも主人公のジュディがそのテーマを体現するかのように、差別や偏見をされる側であり、逆にする側でもあるわけですからね!

 

じゃあジュディは性格が悪いのかって?

 

そうじゃないんです、そういう性格が良い悪いとかは差別や偏見にあんま関係ないってことなんですよ。誰が見たってジュディは良いウサギなのに所々で無意識的に偏見を持ってるんですよ。

例えば、「子供頃自分にトラウマを負わせたあいつが悪いだけでキツネ自体は何も悪くないウサギだって悪いのもいる」的なことを言いながらも、初めて街で見かけたニックをキツネだから何か悪いことしてるに違いないと無意識に尾行したり、常にベルトにはキツネ除けスプレーを携帯してます。

それにジュディは自分は外見で差別される事を嫌だと思いながらも、自分も色々なものに対して無意識に外見で決めつけや偏見を持っています。

しかも、レトルトのにんじんが蓋を開いて外見のパッケージの写真とは違って小さかったから捨てたり、ボゴ署長がタマネギと言った球根をちゃんとした名称で呼ぶように正そうとしたりと、つまりは外見と中身が正しく一致している事に固執していて、これも外見の正しさへの偏見ともとれます。

あと、30秒過ぎただけで駐車違反を切ったりとかも、1秒でも過ぎたら違反っていう外見上はまあそりゃ正しいんだけど…とか。

しかもその外見の正しさへの偏見に、生物学的根拠という材料は悪い意味で相性が良く、それぞれの単なる「違い」がやがて「差別」という上下の関係性に徐々に変わっていく後押しをしてしまうのが厄介なのです。

ジュディのように正しさに固執するってことは視野を狭めることになるし、利用されかねないってことなんですよね。

 

ちなみに、警察官のジュディとは対照的に詐欺師のニックの方が外見で偏見を持たないキャラとして描かれてるのも面白いですね。

 

だから無意識に偏見を持ってしまうところも込みで観客が共感しやすいジュディというのはこの作品の定規みたいなもので、ジュディを通して差別されたり無意識に差別してしまったりという感情の動きを観客も感じる事ができるんです。

しかもその方法として上手くてちょっと意地悪なところは、無意識の偏見というのがだいたいギャグとして出てくるんですよね。

要は映画の動物ギャグってのは現実世界で言う人種ギャグを表していて、〇〇人は〇〇だと言う決め付けを動物たちの特徴に置き換えられていて、その決め付けとのギャップで笑わせられるわけです。

だからあそこで爆笑したってこと=(イコール)偏見持ってたわ〜ってことがギャグとして次から次へと描かれるわけです。

 

つまり笑った数だけ自分が無意識に偏見持ってたということを楽しく気付かせてくれる映画でもあるんですね。

 

僕ですか?山ほど笑いましたよ。笑

 

 

あと、動物達の実物そのままのサイズ感もジュディの大きさを基準として分かりやすく体感できるところもまさにジュディは定規のようですね。

 

 

 

「道具」と「内面」と「繰り返し」

 

なんのこっちゃいー!って?

 

いやいや、この映画って道具の使い方がとても上手いんですよ!

物語を直接進めるアイテムにもなるし、キャラクターの内面や変化や成長を表すのにとても道具が有効に使われてるんです。

 

具体的には、

 

「録音機能付きにんじんペン」

 

「警官バッジ(シールも含む)」

 

とりあえず、まずはこの2つだけでも注目して映画を観てみると面白いかと思います。

にんじんペンはジュディニック(偏見を持った他者)への理解と信頼を、警官バッジ(シールも含む)は世界をより良くしたいという“夢”を、それぞれ表しています。

この2つの道具は何度も繰り返し出てきます。

そしてその度にジュディニックの間を道具が行ったり来たりするんだけど、道具の使い方でそれぞれの内面や関係性が変化していってるのがスマートに表現されています。

例えば、最初ににんじんペンが出てきたのはジュディニックを捜査に協力させるための脅迫の道具として(まだ全然信頼してない)、2回目にペンが出た時はわざと“フェンスの向こう側”にペンを投げて後戻りできない状態(2人を共犯関係)にする為、3回目にペンが出た時はジュディニックに警官志願用紙と一緒にペンを渡した(脅迫の解消、つまりニックを信頼した)時に、そしてあと2回にんじんペンは出てきますがそれは実際に映画を観て確かめてくださいね!

最後の使い方なんかはテンション上がりますよ!

 

警察バッジもしかりで、ジュディやニックの“夢”の距離感として効果的に使われてます。

 

 

そしてさっきは敢えて書かなかったんだけど、形の無い道具として

「お芝居」

というのがあります。

映画が始まった瞬間から、学校の演劇の発表会として肉食動物に食べられるという「お芝居」があります。

個人的にはこれも”形の無い道具”だと思っています。

この形の無い道具はジュディの内面の物語(トラウマ)を表しています。

これも繰り返し出てきます。

 

内面ってどういうことって?

 

内面は内面でしょ!大事ですよ〜!

最初は、かつて大昔に肉食動物は草食動物を襲っていましたっていうのを今はもうそんな事は無いけど昔話の伝承として安心して演じるわけです、つまりフィクションです。

次にそのすぐ後で道具が出てきた時はお芝居と同じシチュエーションでキツネのギデオン・グレイから傷を負わされてしまう、つまりそのフィクションが壊されてしまいます

それが元でジュディは壊れたフィクションを抱えたまま大人になるんだけど、つまりそれが心の奥底にトラウマとして残ってしまうことになるんですよね…。

それが結構重要な問題で、確かに表面上で展開される肉食動物連続失踪事件を追うというメインストーリーはありますよ?

しかしそれとは別にこのジュディの内面のトラウマを克服しないことには真の意味でキツネのニックとバディにはなれないってことなんですよ。

でもやっぱこの『ズートピア』、すごいですね!

この形の無い道具が3回目に出てくるところでは、これ以上ないってほど見事な使い方でジュディの内面の物語を回収していくんですよ!

観た人なら分かるかと思いますが、壊れたフィクションを自分でまた作り直すんですよね。

しかもそれが出来たのは外見での偏見を超えてニックへの理解や信頼があってこそ、そして覚えてますよね?それを象徴する”形のある道具”と、さっき言った”形の無い道具”のまさかのコンビネーション技『ズートピア』の中の全ての物語を回収していくという見事としか言えない展開は最高ですよ!

 

 

なになに、一体どういうことって?

 

それは観て下さい!笑

最高なんで!

 

 

 

 

ちゃんと狂ってもいる!

 

まあさっき言った「繰り返し」とも共通するんだけど、この『ズートピア』って映画の中で1度でも出てきた言葉や出来事やギャグや登場キャラなど、かならずもう1度ならず2度3度と映画内で繰り返されて出てくるんですよ!

ほぼ全がですよ!?

 

何言ってんのって?笑

 

そうなりますよね!

いや、でもこれマジなんですよ。笑 

 

例えばジュディが警察署に配属された初日のボゴ署長の朝礼「新入りを紹介すべきだな、だがどうでもいいので省く」(ウサギが警官に向かないと偏見を持ってるので本心で言っている)というセリフ。

そして最後にも同じセリフが言いますがそれはボゴ署長が仲間として認めて親密なコミュニケーションの1つとして言います。

 

確かに同じセリフの繰り返しだけど何かが違うって?

 

それは鋭い!そうなんですよ!

同じ事の繰り返しでも、必ず1回目よりも発展した形で使われるんです!

だって単なるつまみ食いのブルーベリーにしたって重要な役割として再登場するぐらいですからね。

僕はこれは伏線とはまたちょっと違うきがするんですが、映画内で繰り返した言動が意味のある発展系だとなんか気持ちいいですよね。

例を挙げればキリが無いほど沢山あるし、もし仮に全部挙げればそれはもうズートピアを最初から最後まで再生したのと同じになるのでこの辺にしときますが。

つまりそれぐらい繰り返しのピースだけで完成したパズルのような作品なんですよ。

ちょっと、どうかしてますよね?笑

 

でも観た人それぞれに、必ずお気に入りの繰り返しが見つかると思うんでその辺も注目して観ると面白いと思います!

 

 

おわりに

これだけ大それたテーマを持った映画なのに終始笑えるんですよね。

しかも大人も笑える、むしろ大人だから笑えるギャグも沢山あって、その辺は共同監督の1人でもあるリッチ・ムーア監督が元々は『シンプソンズ』や『フォーチュラマ』などのブラックジョーク全開の作品を作っていた影響もあってかこの『ズートピア』でも皮肉が効いたギャグが沢山ありましたね。

多くの人が印象に残るのは大ヒット作『アナ雪』の有名なフレーズを自虐ネタとして使うところじゃないですかね。

僕も初めて劇場で観た時はびっくりしましたよ。笑 

劇場ではみんな笑ってましたしね!

 

そんなに笑えて楽しいのにメッセージとしての強さが、シリアスじゃなくてもしっかりと伝わってくるのが良いですよね。

この機会にあらためてこの映画の凄いところを考えてみると、この作品って「偏見や差別はいけません!」って事をそこまで全面に押し出して言ってないんですよね。

なんというか、偏見や差別がダメなのは当たり前でこの映画はその先のことを言ってると思うんです。

 

つまり多様性ってなんて楽しいんだろう!ってことなんですよ。

 

やっぱ、こういうテーマを題材にした作品なら「してはいけません!」という否定の方向が割と多いと思うんだけど、この『ズートピア』に関しては「こっちの方が楽しくない!?」という肯定を観客に投げかけてけてくるんですよ!

否定と肯定、どちらが子供を含めた大勢の人に届きやすいのかと考えた時にこのテーマに対して大袈裟に言えば1つの答えを示してみせたと言ってもいいんじゃないかと思います。

 

『ズートピア』では偏見や差別が生まれる心情の複雑さも描いてましたね。

その中には、偏見や差別の感情が生まれる背景に子供の頃にそういった経験を受けて、更にそのトラウマを強化するように親が偏見を教えてしまう、そうやって育った子供も無意識に偏見を持ってしまうその負のスパイラル

ジュディも両親から「キツネはずるい」と言われて育ったために、その偏見が心のどこかに残ってしまってました。

ジュディニックも子供の頃のトラウマが原因で偏見を持ってしまいます。

そして偏見を生み出する原因となったその厄介なトラウマを大人になってようやくお互いに解消してあげる物語でもあります。

それが映画における真のバディというものなのです。

 

もし多感な子供の時に偏見や差別を受けてしまう機会や触れてしまう機会がなければ、負のスパイラルを止めることが出来れば、その子達が大人になった頃にはほんの少し良い世界になっているかもしれませんね。

それぐらい幼少期に触れるものは大事なんです。

だから子供が最初に触れる機会の多いディズニーの作品で、映像や技術やアイディアや物語の全てでもってたゆまぬ努力の末に「多様性の楽しさ!」を大いに叫んだこの作品がアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞したことの意味は確かにあるような気がしますね。

 

まあそれでも実際はなかなか上手くは行きません!社会は複雑です!

多様性は楽しい!と分かっていてもそれはなかなか難しいものです。

簡単になんて行くわけない、そんなことは『ズートピア』の作り手たちも分かっています。 

 

そこで最後にまた繰り返しの話をほんのちょっとさせて下さい。

 

「トライ・エヴリシング」という曲が序盤に流れるんですが、これは夢を追いかけて大都会へ行くジュディの心情にシンクロした歌詞の、アメリカらしいポジティブソングとして聴こえますよね!

 

 

トライ・エヴリシング

日本語歌唱:Dream Ami
作詞:Sia Furler/Tor Erik Hermansen/Mikkel S. Eriksen

作曲:Sia Furler/Tor Erik Hermansen/Mikkel S. Eriksen

 

Oh,oh,oh,oh,oh
ダメだった うまくいかない そんなことばかりよね
それでもね 進んでいくの ちゃんと前を向いて
間違えることでやっと分かることだってあるから
あきらめないでいこう どんなことがあったとしても
何度でもダメだとしても向かっていけばいいよ
あきらめないでいこう どんなことがあったとしても
何度でもそう何度だって向かっていけばいいよ

Oh,oh,oh,oh,oh   やるのよ
Oh,oh,oh,oh,oh   何度も
Oh,oh,oh,oh,oh,  やるのよ

Oh,oh,oh,oh,oh

ねぇ平気よ うまくいくわ がんばりすぎないでね
少しずつ進めばいい できることをやるだけ
あきらめないでいこう どんなことがあったとしても
何度でもダメだとしても向かっていけばいいよ
あきらめないでいこう どんなことがあったとしても
何度でもそう何度だって向かっていけばいいよ
失敗することでもっと強くなっていくんだから
だからいいの

Oh,oh,oh,oh,oh   やるのよ
Oh,oh,oh,oh,oh   何度も
Oh,oh,oh,oh,oh   やるのよ

Oh,oh,oh,oh,oh

やってみるの

  

 

 そして2回目、ラストの物語の終わりにガゼルがステージでこの曲を歌う時にまた流れます。(歌詞の字幕が表示されないのは残念ですが)

全く同じことを歌っているのに、その時は1回目のジュディの個人的な夢への挑戦という歌詞ではなく、さらに発展したもっと大きな意味でのトライ(挑戦)としてこの歌のが聴こえるようになってますよね!

 

 

現実の社会が理想とかけ離れてるのは分かってる。

でも、私たちはより良い世界を作れると信じて、

やってみるの!

今回はダメでも、

何度も!

諦めてしまわずに、

やるのよ!

未来を向いて、

全部やってみるの!

 

そんな力強いメッセージを感じる、すごい熱の込められた映画なんです!

 

結局トライし続けることでしか世界は良くならないのかもしれません。

それもほんの少しずつ。

進んでは揺り戻して、進んでは揺り戻して、ジリジリと前進する。

まさに「三歩進んで二歩下がる」を繰り返す、それはとても大変なことだと思います。

しかし、人々がトライする事をやめた時、きっと何かが終わってしまうような気がしますね。

 

なんか紹介がこんなところまで行くとは思いませんでしたけどね!笑

 

しかしこれで、この映画に興味を持ったり、もう観た人が何か再発見できたりしたのなら幸いです!

 

 


『ズートピア』予告編

 

 

 

 

 

 

映画『ホワイト・ヘルメット シリアの民間防衛隊』 “ 一つの命を救うことは、人類を救うこと”【第89回アカデミー賞】

『ホワイト・ヘルメット  シリアの民間防衛隊』

 

第89回アカデミー賞(2017)

【短編ドキュメンタリー映画賞】

 

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原題:The White Helmets

2016 / イギリス 上映時間40分

監督:オーランド・ボン・アインシーデル

製作:ジョアンナ・ナタセガラ

製作総指揮:ジェイソン・スピンガーン=コフ、 アダム・デル・デオ、 リサ・ニシムラ

撮影:フランクリン・ダウ

編集:マサヒロ・ヒラクボ

音楽:パトリック・ジョンソン

 

 

 

 

これはですね、ドキュメンタリー映画です。

しかも短編ドキュメンタリーだから40分でサクッと観れちゃう。

なのに得るものは大きいというコスパの良さ、それがこの作品も受賞したアカデミー賞【短編ドキュメンタリー映画賞】なのです!

 

そしてこの映画、空爆の絶えないシリアの中で救助活動を行うボランティア団体“ホワイトヘルメット”の日々の活動に密着したドキュメンタリーです。

 

 

シリアで化学兵器のサリンが使われたってニュースでやってた気がする?

 

そうです、そのシリアです!

 

この映画では、まだサリンが使われる前の段階なんだけどそれでも酷い状況が映し出されるんですよ。

あの状況の中で、更にサリンを使われるということはどういうことか…巻き込まれる一般市民のことに考えが及ぶ、そんな作品です。

 

2016年に英国で製作されNetflix配信、配給(小規模劇場公開)された作品です。

それが賞を獲るというのも時代の流れを感じますね。

 

 

お!40分なら観てみようかなって?

いいですね〜、では見所を紹介しましょう。

 

 そもそもシリアってなんで内戦してるの?

 

まずそこですよね、その辺がぼんやりしてる人もいると思うんで最低限の所だけ大雑把に説明しますね。

 

まず、世界には独裁国家が沢山あります。

 

え?沢山ありますよ!

 

例えば、僕らの住む日本の周りだと北のミサイルマンの国パンダの産地のでっかいあの国など、独裁国家です。

それで世界の中でも、歴史的な背景からアラブ中東地域には特に独裁国家が多くて、その中の1つにチュニジアという国があります。

 

え、シリア関係ない?

 

いやそれが関係あるんですよ!

 

とりあえず2010年12月にチュニジアで1人の青年が役人のあまりの横暴さに体制側に抗議する意味で焼身自殺します。

そこから、その怒りというのがSNSという新たな市民のツールの影響もありどんどん広がっていき、やがて大きな暴動となり国内全土に及んでついには独裁政権の崩壊にまで至ったのです。

この民主革命をチュニジアを代表する花のジャスミンの名を取り“ジャスミン革命と言います。

そうなると、周辺の独裁国家の国々で不満を溜め込んだ人々が

「え?革命って成功するもんなん?俺たちもやろうぜえい!」

「うぉぉおおぉ〜!」

という感じで、このジャスミン革命に影響を受けて民主化運動の動きがアラブ中東地域に一気に広がっていくのがいわゆる“アラブの春”という現象です。

 

そしてアラブの春がシリアにも広がり、現独裁政権であるアサド政権に反対する運動が広がっていったんですね。

そしてとうとうシリア政府軍と反体制派との間で武力衝突が起こり内戦へと進んで行くのです。

まだそこまでなら政府vs.反政府の構図として分かりやすいんだけど、そこからが問題でシリア国外から様々な勢力が参加して政府側や反政府側にそれぞれ加担していくんだけど、そういう状況を、決定的に複雑にしたのがISIL(自称イスラム国)の参入ですね。

領土と勢力を拡大したいISIL(自称イスラム国)はシリアが2つに割れて潰し合いをしている状況をチャンスとばかりに名目上は反政府側を支援するふりをしてどんどん自分の領土を広げて行ったのです。

そこでアサド政権はとある国へ応援を求めます。

 

ロシアです。

 

ついにロシアまで参加することになります。

 

ロシアの支援の名目上はISIL(自称イスラム国)などのテロ組織限定の空爆ということになってますが、どさくさに紛れアサド政権に対立する反政府側(穏健派や一般市民含む)へも空爆を繰り返し行い革命を防ごうとします。

 

そんなカオスな状態極限にきている場所があります。

 

シリア最大の都市アレッポです。

 

このアレッポはどの勢力にとっても非常に重要な都市だけあって攻防戦が1番激しいこの場所に、なんとまだ避難できない一般市民が何万人もいるんです。

 

これは想像しただけでもやばいですよね!

 

それでも空からは毎日のようにロシア軍の空爆が街を襲い爆煙が上がります。

その爆煙にいち早く駆け付け、瓦礫にうもれた中から人々を助け出す男達がいます。

武器は持たず、代わりに白いヘルメットをかぶり瓦礫の山から命を救い出す。

どの勢力の戦闘行為にも加担しない人命救助団体、彼らこそが『ホワイト・ヘルメット/シリア民間防衛隊』なのです。

 

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これがシリアのアレッポ…こんな中でまだ何万人も暮らしているのです。

 

 

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悲惨な状況…

 

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瓦礫の中へ…

 

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元製造業や元金属加工業の人などの未経験者が多いのです。

 

 

このホワイトヘルメット。

人命救助の素晴らしい団体、といった意見だけじゃなく、ネットで検索すれば批判的な噂も出てきたりします。

まあ意図的にフェイクニュースで批判しているのもや陰謀論のようなのものは置いといたとしても、このホワイトヘルメットの活動を支援している主に反体制派の側の中でもそれぞれの思惑があって支援しているのも確かなのでしょう。

 

でもね、この作品はそういった政治的なことから離れた現場を、前線を密着したドキュメンタリーだということが重要です。

 

なぜなら。

空爆で街が破壊される現実。

普通の人々が巻き込まれる現実。

その中でホワイトヘルメットの隊員達が命がけで人命救助をする現実。

そこに嘘はないからです。

 

空爆してくる戦闘機を地上から見上げるのがどれだけ恐いか、そこへ飛び出して救助に向かうのにどれだけ勇気がいるか、そして彼らがそうまでしてなぜ人命救助をするのか、この40分の映画を観れば分かります。

 

 

 

こういう機会でもなければなかなか知ることのできない遠くの世界の現実、Netflixに加入してる人は、是非ご覧ください!

 

 

 

 *2018年2月の情報では、シリアの内戦状況はISIL(自称イスラム国)の大幅な勢力減退に伴いアサド政権VS反政府組織という当初の構図に戻りつつあるが先行きは不透明とのこと。

いずれにせよ2011年から始まった内戦は7年経った今でも続いています。

一般市民が安心して生活出来る日が早く訪れることを願っています。