『ダンケルク』
第90回アカデミー賞(2018)
★【編集賞】
★【録音賞】
★【音響編集賞】
© 2018 Warner Bros. Japan
監督:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
製作総指揮:ジェイク・マイヤーズ
脚本:クリストファー・ノーラン
撮影:ホイテ・バン・ホイテマ
美術:ネイサン・クロウリー
衣装:ジェフリー・ガーランド
編集:リー・スミス
音楽:ハンス・ジマー
視覚効果監修:アンドリュー・ジャクソン
キャスト:フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ロウデン、ハリー・スタイルズ、アナイリン・バーナード、ジェームズ・ダーシー、バリー・コーガン、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、マーク・ライランス、トム・ハーディー、マイケル・ケイン
いつも読んでくれて、どうもダンケ。
ドイツ語で「ありがとう」という意味ですが、まあ映画と何も関係ないですけどね。
ダンケルク!この響きだけで僕なんかはカッコいいと思ってしまうんですが、このダンケルクってのはフランスにある都市の名前で、そこを舞台に第二次世界大戦の時に繰り広げられた本当にあった出来事「ダンケルクの戦い」を描いた戦争映画がこの作品です。
戦争映画ってなんか身構えちゃうって?
たしかに戦場で人がたくさん死ぬから過激なバイオレンス描写があるし、歴史を知ってないと難しそうなイメージがありますよね。
しかし、そういう人にこそおすすめしたいのがこの『ダンケルク』なんです!
実はこれ、戦争映画なのにさっき言ったような要素はほとんど無いんです。
なぜならこれは「撤退戦」なんですよ。
つまり敵を殺すために向かって行くのではなく、生き残る為に敵から逃げる戦いなんです。
生き残る為のサバイバルを、観客それぞれがまるで当時の兵隊の1人となって体験するような映画になっているんです。
絶対に生き残ってやる!でも生き残るって本当に大変!次から次へと迫り来る「死というゲームオーバー」に知恵と五感を研ぎ澄ませて、時には運さえも頼りにして生き残ろうとする姿にいつのまにか自分もそこに居る気にさせられ手に汗握る!
そんな映画がこの『ダンケルク』なんですよ。
なのでこれから、この戦場サバイバル体験映画『ダンケルク』の魅力を紹介できたらと思います。
映画『ダンケルク』予告1【HD】2017年9月9日(土)公開
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あらすじプラス
1940年の第二次世界大戦の初期にイギリス・フランスを始めとする連合軍は破竹の勢いでフランスに侵攻してくるドイツ軍にダンケルクの海岸で完全に包囲されてしまうんですよ。
あら大変!海を渡って逃げないと、でも船も足りない、うわ、どうしよう…。
だってこっちは40万人いるんですけどー!ちょっと無理じゃないこれ?
という状況から始まります。
それでこの映画は「陸」と「海」と「空」の3つのパート、3つの視点から描かれるんですね。
それでまず「陸」のパート、1週間の出来事として描かれます。映画の冒頭で英国陸軍2等兵のつまり1番下っ端のトミーが自分が所属する班でダンケルクの街の中でドイツ兵の銃撃に合って自分以外全滅してしまうとこから映画が始まるんですよ。
それでとにかく浜辺まで逃げたら何十万の兵士がズラーッと列を作って待ってるわけですよ、戦場から脱出するための船を順番に。
ちぇっ、こんなの俺最後尾で助かるわけないじゃんという事で1人ふてくされて急にその辺で野OOを始める(いや本当ですよ!)んですが、同じような境遇なのか1人でいるギブソンに用を足すところを目撃されたトミーは「もう私お嫁に行けない、責任取って!」と言って(これは嘘です)2人で知恵を絞って協力してなんとか船に乗ろうとして行動します。
一方で「海」のパート、1日の出来事として描かれます。イギリスのとある港に場面が移ります。
ダンケルクに留まっている兵士を救出するために国から民間船徴用の命を受けたドーソンは息子のピーターとダンケルクへと向かいます。
その時にピーターの友達のジョージも船に乗り込んで一緒についてきます。
そして「空」のパート、1時間の出来事として描かれます。英国空軍パイロットのファリアとコリンズを始めとする小隊が撤退戦を邪魔しようとしてくるドイツ空軍機を相手に戦います。
はたしてダンケルクで救助を待つトミーは生き残れるのか?
「陸」「空」「海」の3つの視点は何を描くのか?
結末が分かっている史実をどういう終わり方で締めくくるのか?
その辺を注目して観ると楽しめると思います。
有名な史実なんでネタバレも何もないと思いますが、いつものように映画としての直接的なネタバレはできるだけ避けて紹介しますね。
主要登場人物キャスト
● フィン・ホワイトヘッド
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「陸」のパート、映画を観る人が1番感情移入しやすい主人公的な存在の英国陸軍二等兵のトミーを演じています。
ロンドンのリッチモンドで生まれた英国の俳優さんです。
2016年にITVミニシリーズ(テレビドラマみたいなもんですね)のHIMでの超能力に目覚める青年の役でデビュー。
今作『ダンケルク』のオーディションに見事合格し映画デビューを果たしました。
● トム・グリン=カーニー
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「海」の パート、ミスター・ドーソンの息子のカーニーを演じています。
英国の俳優さんで、2017年にサム・メンデス監督の舞台劇『The Ferrman』に出演し高く評価されます。
同年この『ダンケルク』で映画デビューを果たします。
● ジャック・ロウデン
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「空」のパート、英国空軍のスピットファイアのパイロットであるコリンズを演じています。
イギリス生まれスコットランド育ちの俳優さんです。
BBCのテレビドラマ『戦争と平和』、あと映画だと『否定と肯定』に出演してますね。
● トム・ハーディー
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「空」のパート、英国陸軍のスピットファイアのパイロットであるファリアを演じています。
2001年に『ブラックホーク・ダウン』でハリウッドデビューします。
映画や舞台など精力的に活動して2010年の『インセプション』で一気に知名度が上がって、僕もこの俳優さんを知ったのはこのときですね。
その後は、『ダークナイト・ライジング』や『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』などで一気に有名俳優になっていきます。
出ました、トムハ!
ロンドン出身の俳優さんで、近年とても活躍してますね。
ノーラン監督作品にも多く出演していて、まあもはや常連組の1人と言っていいんじゃないでしょうか。
● ハリー・スタイルズ
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「陸」のパート、英国陸軍「高地連隊」の二等兵のアレックスを演じています。
イングランド生まれの俳優さんです。
というよりは「ワン・ダイレクション」の1人としての世界的な音楽活動の方が有名ですね。
今作が俳優デビューとして話題になりましたが、けして話題先行じゃなくてしっかりと作品に馴染んで演じてましたね。
● アナイリン・バーナード
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「陸」のパート、トミーと行動を共にする無口な兵士のギブソンを演じています。
イギリス・ウェールズ出身の俳優さんです。
2003年、ドラマ『Jacob's Ladder』でデビューして、英国ウェールズ音楽演劇大学を卒業後、2009年ミュージカル『春のめざめ』と2012年映画『シタデル CITADEL』でそれぞれのコンテストや映画祭などで主演男優賞を取っています。
あとBBCドラマの『戦争と平和』にも出演してますね。
● バリー・コーガン
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「海」のパート、ミスター・ドーソンに同行する青年のジョージを演じています。
アイルランド・ダブリンで生まれた俳優さんです。
2011年に映画『Between the Canals』でデビューします。
その後アイルランドのテレビドラマ『Love/Hate』の猫殺しのウェインなど、悪役のキャリアが多いようですね。
今作『ダンケルク』と同じ年に公開されたイギリス・アイルランド映画でヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』でのマーティン役がめちゃくちゃ印象に残ってますね。
● ケネス・ブラナー
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「陸」のパート、防波堤で撤退作戦の指揮を執るボルトン海軍中佐を演じています。
イングランド・レディング出身(北アイルランドから9歳の時に家族と移住)の俳優さんで、多数の映画や舞台に出演するベテラン俳優さんです。
RADA(王立演劇学校)を主席で卒業したあと舞台からキャリアをスタートさせ活躍します。
映画では1989年の『ヘンリー五世』でアカデミー賞の監督賞と主演男優賞にノミネートされました。
あと『マリリン7日間の恋』にも出演してアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされてましたね。
俳優もやりながら、監督業にも精を出していて近場では『オリエント急行殺人事件』が話題になりました。
● マーク・ライランス
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「海」のパート、民間の小型船の船長でピーターの父親のミスター・ドーソンを演じています。
イギリスのケント州アシュフォード出身の俳優さんです。
ロンドンの王立演劇学校(RADA)を卒業後は舞台俳優として活躍し、シェイクスピア・グローブ座の芸術監督も務めています。
映画では1996年『ベヤンメンタ学院』でデビューし、2016年のスピルバーグ監督『ブリッジ・オブ・スパイ』ではアカデミー賞の助演男優賞を受賞し注目を集めます。
その後は『BFG : ビッグ・フレンド・ジャイアント』の巨人や、『レディ・プレイヤー・ワン』などにも出演してますね。
● キリアン・マーフィー
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
劇中では「海」のパート、ミスター・ドーソンに救出された謎の英国兵を演じています。
アイルランド出身の俳優さんです。
1996年にアイルランドのコークを拠点にする劇団でエンダ・ウォルシュ作の舞台『Disco Pigs』で主役を演じます。
その『Disco Pigs』の映画版(2001年)にも主役で出演して、それを観たダニー・ボイル監督の目に留まり『28日後…』の主演に抜擢されて一気に注目されます。
その後は『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』『インセプション』『ダークナイト・ライジング』などノーラン監督作の常連組と言ってもいいですね。
見どころを紹介!
映画『ダンケルク』予告2【HD】2017年9月9日(土)公開
まず「ダンケルクの戦い」って?
まず「ダンケルク」とはフランスの本土最北端にある海に面した湾岸都市です。
ドーバー海峡を挟んだ数十キロの海の向こう側にはイギリス、そんな地理関係の場所なんですね。
時は第二次世界大戦の時代、1939年9月にドイツがポーランドに侵攻します。
とうとうやりやがったなと、ドイツに隣接するフランスはイギリスと共にドイツに宣戦布告をします。
しかしいざ戦争が始まってみると「奇妙な戦争」とも呼ばれ、実に半年以上双方の間でほとんど戦闘が行われなかったんですが、1940年5月10日に突如オランダ、ベルギー、ルクセンブルクといういわゆるベネルスク三国(フランスの北部とドイツとの間にある面積の狭い3つの国の総称)に一気に侵攻を始めたんです。
フランス・イギリス連合軍は主力を北部のベルギー方面に進出させます、そしてフランス南部の直接ドイツと隣接する部分ではマジノ要塞と呼ばれる長大な要塞線を挟んでにらみ合いの状態です。
しかし実はドイツ軍は、フランス・イギリス連合軍の主力が進出した北方方面のベネルスク三国と南のマジノ要塞の間にあるアルデンヌの森とよばれる防御が薄くなってる場所に戦車部隊を進ませてたんです!
このドイツの奇襲作戦によってフランスの防衛線は崩壊し、あとは雪崩のようにドイツ軍がフランス北部へ侵攻しフランス・イギリス連合軍を包囲するような展開になっていくんですね。
そしてベルギー方面から撤退をしたフランス・イギリス連合軍も、とうとう逃げ場がなくなり追い詰められたのが「ダンケルク」という海の都市というわけなんです。
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
こんな状況から映画が始まるんです
ここまではOKですかね。
なんか絵に描いたような奇襲の成功だ、って?
そうなんですよね!フランス側の読みの甘さと、あとこの時期のドイツはなんか士気も兵器もみなぎってる時期なんで勢いがすごいんですよ。
あとフランスも、もっと昔は人口が凄い多かったんですけどナポレオン時代に若い男をとにかく大量に徴兵して圧倒的兵力で戦争しまくったツケがこの頃に回ってきたことにより、第二次世界大戦当時のフランスの人口が著しく少なくなっていて兵員を増やしたくても増やせなかったって事情もあるんですよ。
戦争のツケを結局戦争で払う事になるとは、う〜ん、なんとも。
まあそんなこんなで、ここからが「ダンケルクの戦い」の始まりで、当然イギリスにもその知らせは伝わっていて包囲されている連合軍の兵士達を救出したいけどなかなか手立てがない。
そんな時にイギリス海軍中将バートラム・ラムゼイが、軍の輸送船や駆逐艦だけじゃなく民間の船を小型船でも何もでもありったけを総動員してドーバー海峡を渡ってダンケルクまで40万人を救出に行くという作戦を計画して当時のイギリス首相のウィンストン・チャーチルに説明します。
その説明した場所が海軍指揮所のダイナモ(発電機)・ルームだったことからダンケルク撤退戦は「ダイナモ作戦」とも呼ばれています。
ちなみに第90回アカデミー賞でゲイリー・オールドマンが特殊メイクでチャーチルを演じて【主演男優賞】を受賞した『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』ではその辺の裏側を描いてましたね。
そして結果的にドイツ軍に包囲されたダンケルクから33万8000人をイギリスに撤退させることに成功した、おそらく世界史的にもあまり類を見ない史上最大の撤退戦なんです。
そしてダンケルクという危険な戦場に勇敢にも兵士を救出に行った800隻とも900隻とも言われる名もなき小さな民間船の勇気を「ダンケルク・スピリット」なんて言い方をして称えたそうです。
そしてこの「ダンケルク・スピリット」はイギリスが苦境に立った時にそれを皆で団結して乗り越えようというスローガンとして使われ、その精神は今だに残っているみたいなんですね。
ちなみにあの林修先生が「ダンケルク」の当時の状況について分かりやすく解説してくれています!
僕の文章を読まなくてもこれで十分です
林修先生が解説!3分で分かる映画『ダンケルク』【HD】2017年9月9日(土)公開
戦争映画というジャンル
一括りに戦争映画と言っても、その中にも色んなタイプがあります。
戦場の兵士から国の指導者まで多角的に全体像を描くようなものから、戦場に駆り出される兵士の過酷さ悲惨さを描くようなもの、更には戦争に巻き込まれた一般市民を描くもの、それぞれのタイプの戦争映画に意味があり映画としての楽しみ方があるんですよね。
あと個人的には戦争映画は割と好きなんですが、その理由ってなんだろう?とこれを書いてて思ったのは、戦争映画って監督の力量が色々と試されるジャンルだと思うんです。
それなりにキャリアを積んだ監督が挑戦するジャンルという側面があって、巨匠と呼ばれる監督達もこのジャンルを通ってきているイメージがありますね。
まず、単純にエキストラの人数やスタッフも多く準備や撮影の規模が大きい(例外もありますが)ので、良い作品にするにはそれらをまとめ上げる腕力が必要です。
そして、その監督が戦争というものに対してどう考え、どう捉えているのかを作品を通して示さなければいけまけんよね。
それは、時には世間にジャッジされることにもなります。
あともう1つ、個人的にはこれが大きいのかと思うんですけど、映画監督の作家性(個性)がとても出やすいジャンルだと思うんです!
新し目なところだとメル・ギブソン監督の『ハクソー・リッジ』、マーク・ウォールバーグ監督の『ローン・サバイバー』、デヴィッド・エアー監督の『フューリー』、タランティーノ監督の『イングロリ・バスターズ』、イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』『父親たちの星条旗』、少し昔だともちろんスピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』、オリバー・ストーン監督の『プラトゥーン』、キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』、コッポラ監督の『地獄の黙示録』、ペキンパー監督の『戦争のはらわた』、アルトマン監督の『M★A★S★H』など、パッと出るだけでもこれら全ての作品が個人的には監督の作家性(個性)が相当色濃く出てると思ってます。
しかも、それぞれの監督の作家性と戦争映画のタイプがちゃんと一致してるから、どの作品も面白いんですよね。
それじゃあこの『ダンケルク』はどうかと言うと、これもまさに監督の作家性(個性)がとても色濃く出た戦争映画になってたと思います。
監督は誰なの、って?
はい、それは、クリストファー・ノーランという監督です。
監督クリストファー・ノーランの作家性
● そのキャリア
おそらくこのクリストファー・ノーランという名前は映画ファンじゃなくても1回ぐらいは聞いたことあるんじゃないですかね。
今やそのぐらい有名で、映画界の中では名前だけで客を呼べる数少ない監督の1人だと思います。
イギリス出身の映画監督で、父親はイギリス人で母親はアメリカ人なのでイギリスとアメリカ両方の国籍を持ってます。
子供の頃はロンドンとシカゴの両方で過ごしてたみたいで、羨ましいですねえ〜。
僕ですか?
寝ても覚めても島根県の田舎でしたよ。
その後ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに入学したノーラン監督は小説を学びながら短編映画の制作を始めるんです。
1988年に『フォロウィング』で長編映画の監督デビューを果たし、次の『メメント』で注目を集めることになります。
ちなみに『メメント』の脚本は弟のジョナサン・ノーランが書いた短編が基になってるんですよ。
いやあ多才な兄弟ですね!
そして『バットマン』シリーズのリメイクの監督に抜擢されます。
その1作目である『バットマン ビギンズ』は期待値を上回るほどの興行成績をおさめることが出来なかったんだけど、2作目で世界にガツンとかますわけですよ!
ダークナイトでしょ、って?
そうです!『バットマン』シリーズの2作目である、2008年公開『ダークナイト』の大成功で一気に世界的な知名度の監督になるんです。
なにせ、これまでの『バットマン』シリーズ最大のヒットに加えて最終的には全米興行収入歴代2位!世界興行収入歴代4位!という記録をアメコミ原作映画で達成したんです!
まあ公開当時の記録なんだけどなぁ、それよぉ(誰?急に)
ノーラン監督は、『バットマン』というスーパーヒーローの世界を徹底的にリアルにそしてシリアスに、正義と悪について考えさせられるような暗いバットマンシリーズを作り上げます。
このバットマンシリーズの成功を受けてDC(バットマンやスーパーマンなど諸々のスーパーヒーローの原作の出版社)原作の映画は、そこからいわゆるダーク路線に向かうわけなんですね。
その後は『インセプション』や『ダークナイト ライジング』『インター・ステラー』など、監督した作品は公開時にはどれも話題になったんで観たことある人も多いと思います。
クリストファー・ノーランとはこんな人です。
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
● 本物主義
さて、それでクリストファー・ノーラン監督の作家性ということなんですが、真っ先に出てくるのは徹底した本物主義じゃないでしょうかね。
極力CGを使わないことで有名で、必要なモノは全部本物を用意しないと気が済まない人なんですよ!
それってなかなか無理じゃないの、って?
確かに無理なモノもありますよね!
例えばSF映画とかのように本物も何も地球に存在してないモノとか、でもそういうのも全部セットや特撮で作っちゃうんですよ。
必ず実際のモノとしてその場に存在させるんですよ。
例えばビルを爆破するシーンなどは、普通都合良く爆破してもいい本物のビルなんて無いじゃないですか、だからわざわざビルを建てるんですよ、爆破する為だけに。笑
とか、もの凄く広大なトウモロコシ畑が必要なシーンなんかは今は普通はCGでビャーッと描いたらいいじゃないですか、本当にトウモロコシを1から育てて広大なトウモロコシ畑を作っちゃうんですよ。笑
どうかしてますよね!笑
すごい手間がかかってしまいますよね。
あと映画の撮影もデジタル撮影じゃなくて、フィルム撮影にこだわってるんですよ。
これもモノですよね。
あれ、映画って普通はフィルムなんじゃないのかって?
それがですね、もう違うんですよ!昔はフィルムカメラで撮影してたんですけど、ジョージ・ルーカス監督が2002年公開の『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの逆襲』で初めて完全デジタル撮影を行って以降映画撮影用のデジタルカメラの性能もどんどん上がっていったこともあり、今やデジタル撮影の方が映画業界の主流なってきてるんです。
特に日本はほとんどデジタル撮影です。
なぜかって?
フィルム撮影というのは、文字通りフィルムに映像を光として焼き付けて撮影するわけなんですが、もちろん消去して撮り直すなんて出来ないから新しいフィルムと交換するしかないし、現像に出すまではどんな映像が撮れてるのか確認出来ないんですよ。
しかもフィルムは1回使ったらそれっきりだから、撮り直しをすればするほどどんどん使用するフィルムも多くなってお金もかかるんですよね。高価ですから。
カメラ本体も大きいから場面によっては扱いが大変な時もあります。
要はフィルム撮影は手間とお金がかかるんです。
それに比べてデジタル撮影は映像をデジタルデータとして保存するんでその場で映像をチェックできるし、パソコンでデータをやり取り出来るので他の作業もやり易いです。
容量も大きいのでフィルムのように交換しなくても撮り続けられるし、フィルムのように撮り直しのコストもかかりません。
あと小型化も進んでるので色々な場面で扱いやすいです。
要はデジタル撮影は楽で早くてお金も安いんです。
近年は、よほどの大作じゃないとお金や時間をかけて映画を作ることが難しい時代なんでデジタルへ移行していくのも分かる気もします。
つまりデジタル撮影の方が優秀でフィルム撮影の方が劣っているのか、って?
ここまでの説明を見てたらそう思っちゃいますよね、しかしフィルムを回転させながら光を焼き付けるというアナログな撮影でしか出せない映像の質感があります。
これをデジタルで完全に再現するのは今のところ不可能とされてるんですね。
逆にデジタルはシャープで高画質、映画撮影用デジタルカメラの大手は8Kの画素数を実用化しようとしてるぐらいです。
僕は4Kのテレビもまだ持ってないのに。(知らんがな)
フィルムもデジタルもそれぞれの特徴があるということです。
ここでまたノーラン監督の話に戻りますが、彼がなぜそこまでフィルム撮影にこだわるのかというと「単純にフィルムの方がデジタルよりも優れているから」と言ってるんですね。
まさにその言葉を裏打ちするような性能の撮影カメラをノーラン監督は愛用しています。
それはIMAXフィルムカメラと言われるものです。
● IMAXフィルムカメラという武器
このIMAXって言葉は映画が好きな人なら聞いたことありますよね。
もしかして映画館で高い料金のやつ、って?
そうですね!最近日本の劇場でも少しずつ増えてきましたからね。
最初の方は3Dなのに暗くない!ってことでジワジワ評判を上げていったような気がします。
それがどんなものかと簡単に言えばバカでかい大きさの画面で撮影できてバカでかい大きさの画面で上映できるってことですかね。
観た人なら分かると思いますけど、IMAXシアターのスクリーンってめちゃくちゃ大きいですよね?
ただここで1つ言っておきたいのは、IMAX上映されてる作品の割と多くは普通の規格のカメラで撮影した映画をIMAX用にデジタルで変換して上映してるものです。
いわば「(仮)IMAX」と言ってもいいかもしれません。
もちろん通常の上映よりも音も画面も圧倒的に良い環境なのは間違いないし、個人的には仮でもなんでもIMAX上映の選択肢が増えるのは嬉しいです!
じゃあ本物のIMAXとは何かといえば撮影の段階からIMAXカメラで撮影されたもの、という事になりますね。
そしてこのIMAXカメラにもフィルムとデジタルがあります。
デジタルの方は、最近だと『アベンジャーズ エンドゲーム』が全編をIMAXデジタルカメラで撮影されたことがちょっとした話題にもなってましたね。
IMAXということでデジタルカメラの中でトップクラスの性能で、登場人物の表情の演技や大人数をなるべくカットを割らずに収める構図など、大画面&超高画質を活かしたIMAXデジタルでカメラで撮影したことが贅沢で意味のあるものになってました。
デジタルカメラなんで後のCGとも相性良いですしね。
そしてノーラン監督が取り入れてるのがIMAX70mmフィルムカメラです。
はい出ました、フィルムです。
少し前に説明したあのめんどくさいフィルムですよ!
それがIMAXともなればめんどくささも尋常じゃありません。
なにせ動画撮影用フィルムでは最大面積の70mmです、フィルムもカメラもバカでかいし重たい、しかも1度の撮影(フィルム1ロール)で撮影可能な時間はわずか3分間!笑
しかし、その性能たるや他の追随を許さないものがあります。
なんとその画素数は16Kと言われています。
フィルムならではの質感がありながら、とてつもない超高画質の鮮明さも味わえて、フィルムというアナログなモノの性能を極めると現在最も贅沢で高性能な撮影が出来るのも面白いですよね。
しかし、このカメラ、開発したは良いけどカメラ本体が大きくて取り扱いが大変なのでもともとは環境記録やドキュメンタリーや実験映画で使われてたのをノーラン監督は普通の映画、しかもカメラをガンガン動かすアクションシーンで無茶して使ったんです!
それが『ダークナイト』ですね。
結果的に当時世界で4台しかないIMAXカメラを1台壊してしまうほど無茶したんだけど、その結果ダークナイトのヴィラン(悪役)ジョーカーの冒頭の一連の銀行強盗のシーンなど、めちゃくちゃカッコいい映像が映画を引き立てる大きな要素になりました。
とにかく、とっても贅沢でとっても面倒くさいモノなんですよ、IMAX70mmフィルムというのは。
もし仮に制作費が潤沢にあっても好き好んで使う監督はあまり多くないと個人的には思います。
はい、ようやくここまで来ました!笑
長かったって?
確かに、だいぶ遠回りしてしまったことはごめんなさいね!
でも僕の中ではこのIMAX70mmフィルムカメラ(をわざわざ苦労して好き好んで使うところ、そして自在に使える状況や立場も含めて)ノーラン監督の作家性の1つだと思ってるので、その為にはどうしても最低限の説明が必要だったんです!
まあ、ノーラン監督のとにかくデジタル撮影ではなくフィルム撮影へのこだわりは分かってもらえたんじゃないでしょうかね。
CGに頼らず本物の用意したりセットを組んだり、あるいは特撮を使ったり。
撮影もデジタルカメラしゃなくフィルムカメラで撮る。
あれ?つまりそれって昔の映画のやり方そのものですよね。
クリストファー・ノーランという、話題性でも興行的にも、内容的にも、映画界の最先端で活躍しながらもどんどん時代と逆行していくところが面白いんですよ。
アカデミー賞を逆走している僕も親近感が湧きます。
お前さんの、のんびり過ぎる逆走と一緒にしちゃあいけねえなあ。(だから誰なの!?)
ノーラン監督は時代に逆行と言っても、単に昔の映画のやり方をなぞってみせるんじゃなくて
最先端のやり方で逆行するのが良いところですね。
そして毎回話題になりちゃんとヒットしている、商業性と作家性がもはや1つのものとして個性になってるのがすごいところです。
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
なんて綺麗な映像
● 時間軸をいじるのが大好き
この、時間軸をいじくるというのはもうノーラン監督の代名詞と言ってもいいかもしれません。
映画というのは普通は現在から未来へ一方通行で時間が流れるもので、その中でたまに回想シーンとかで部分的に過去になったりもしますが、時間軸としては分かりやすいですよね。
しかし、ノーラン監督はこの普通は現在から未来へ流れる(普通→→→→)時間軸を色んなパターンでいじって物語を描くのが好きで、特に時系列をシャッフルさせて終盤に進むにつれて全貌が明らかになっていくような作りが多いですね。
この辺がなんだか難しい印象に感じる人もいれば、それを深読みするのが楽しいんだと感じる人もいます。
このノーラン監督の時間軸いじりが全て作品において毎回効果的だったのかは映画好きには若干評価が分かれるところもありますが、それでも毎回「お、今ノーラン作品を観てる感じするぅ〜」という気持ちには結局なってるはずなのでまぎれもない作家性と言えるんじゃないでしょうか。
● ハンス・ジマーの音楽
ハンス・ジマーというドイツの有名な映画作曲家がいますが、ノーラン作品の多くでタッグを組んでいて、個人的にはノーラン作品の印象的なシーンを思い出した時は必ずハンス・ジマーの音楽もセットで思い出すぐらいです。
特に、音の錯覚とループを利用して音階が終わりなく上がり続けていくような「無限音階」は映画の場面の緊張感を演出するのに抜群の効果で、ノーラン作品の様々な場面で使われてますね。
急に映画音楽の作曲家の話をされてもピンとこない人もいるかもしれませんね。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲って口ずさめますか?
すぐ頭に浮かんできますよね!
あの曲を作ったのがこのハンス・ジマーという人なんです。
僕はハンス・ジマーの音楽ならニコラス・ケイジとショーン・コネリーのダブル主演の監獄破り映画『ザ ・ロック』のテーマ曲が1番好きです。
べつに聞いてないって?
すんませーん!
● 徹底したリアリズム(?)
とことんリアルに描く!というような感じでしょうかね。
例えば『ダンケルク』の中ではすごく良い奴、頑張ってる奴、そんなの関係なく戦争では死ぬというのはリアルでした。
本物主義とセットで語られることの多い、ノーラン監督の特徴の1つですよね。
やはり『バットマン』というアメコミヒーローをリアル路線でシリアスに描いたことでリアリズムのイメージが定着したような感じですね。
『バットマン』をリアルに描くってどういこと、って?
それはもちろん怪人コウモリ男として大きな羽と毛に覆われた顔に鋭いキバが光る…違う?ああそういう類のリアル化じゃなかったですね。
そっちじゃなくて我々の現実世界に寄せたリアル化ってことで、バットマンはゴッサム・シティというアメリカの架空の都市の治安を守るヒーローなのは知ってますよね?
今までの別のバットマンの映画に出てくるゴッサム・シティは架空性の強いイメージカラーで作り込まれた世界観だったのが、ノーラン監督版のバットマンはゴッサム・シティとしながらもほぼ全てをシカゴで撮影し、そのままを映してるんですよ。
つまり絵面上をそのまんまシカゴにすることで、まるで僕らの世界の都市で起きてることのように想像させるんですよね。
そこで治安を守るバットマンの武器や乗り物も、驚くことにまるでフィクションのように見えて実は全て現実の世界で技術的に実現可能な(もしくは実用化されている)ものばかりを揃えてます。
まあザックリ言うと、もしこの世界に本当にバットマンが存在したならばどんな事になるのか?というのを突き詰めて描いてるわけですね。
バットマンシリーズだけじゃなく他のジャンルのノーラン作品でもリアルに描くということをやってるんでリアリズムの監督のように見えるんですけど、面白いことに本当はリアリズムの監督じゃないと思うんですよ。
むしろやろうとしている事はその先、「リアルの抽象化」だと思います。
何でわざわざそんな事を?
と、思いますよね。
その辺の話はまた後で出てくると思うんでどうぞ先を読み進めてください。
体験する映画
クリストファー・ノーランという監督の映画は、「観客に体験させる」ということに対して重きを置いて、挑戦し続けている作品ばかりだと思います。
その為に本物を用意して、時にはモノを作ってリアルな世界観を用意して観客の体験に説得力を与えようと試行錯誤してるんですね。
「観客に体験させる」という挑戦を毎回重ねてきたという部分では、この『ダンケルク』はまさにノーラン作品の中でも最も体験する映画となってるんです。
まずIMAX70mmフィルムカメラによるもう少しで触れそうなぐらい超高解像度の映像、そして本当に現地ダンケルクへ行って撮影してるんですけどカメラの前の光景をそっくりそのまま焼き付けるフィルムの特性も相まって浜辺に大量に並ぶ兵士や波や泡と広がる浅瀬に、その場の匂いまで伝わってくるようなんですよ。
そして、当時のスピットファイアを空に飛ばし当時の駆逐艦を博物館から借り出して現場に用意し、あの時代の兵士が見たであろう光景の名残を画面の中に過去のダンケルクから呼び寄せようとしてるのです。
そして観た人なら気付くと思いますが、この映画はセリフが異常に少ないんですよ!
これがまた効果的で、確かに生きるか死ぬかの状況で逃げてる時にベラベラしゃべらないですよね。
ましてや映画のように気の利いた冗談なんて実際の戦場でしてる余裕なんて無いですから。
あと、セリフが少ないから自動的に説明も少なくなるわけで、その都度状況を説明してくれる都合のいい人なんて戦場にそうそういないですから。
そうなると観客も状況が把握できない感じが、主人公の立場とシンクロしてまた良い効果が生まれるんです。
先の事なんてどうなるか分からないから、毎回毎回その瞬間に次々と起こる危機に対して、知恵や行動や運でこれも毎回毎回しぶとく生き残るしかない、そんなサバイバルを体験するような映画ですね。
そして、常に時計のチクタク音が鳴っているので、嫌でも追い詰められる感じになります!笑
音に関するアカデミー賞の部門のうち【録音賞】【音響編集賞】の2つを受賞してます。
戦争映画にとって音がどれほど大事な要素かは『プライベート・ライアン』が証明してますが、この作品もリアリティを出す為に戦場の音の生々しさにこだわってました。
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
戦争当時の街を歩いてるよう
もはや凝ったストーリーは必要ない!?ノーラン監督がついにたどり着いたようです
おおむね好評なこの映画で賛否が分かれる1つに、今作はこれまでのノーラン作品と比べてほとんどストーリーやドラマが無いというのがあると思います。
普通は戦争映画といえば人間ドラマの宝庫のようなもんですから、そう期待して観た人は戸惑っても仕方ないかもしれませんね。
いくらでも人間ドラマを描くことが出来たのに敢えてドラマ性を排してほとんどストーリーの無いものを描くわけですが、それはなぜか。
当然、単なる思いつきではありません。
ノーラン作品は時間軸をいじって複雑に作り込まれたストーリーを楽しむのも正解だと思いますが、ここではせっかくなので少し違う角度からノーラン作品をイメージしてみましょうか!
ノーラン監督は毎回作品を作る中で何をやろうとしてるのか、「リアルの抽象化」じゃないかなと思います。
もちろんやろうとしてる事は毎作品その都度あるんだけど、でもこの「リアルの抽象化」はどのノーラン作品にも共通してると思います。
ノーラン作品はリアルを追求してる的なことをよく言われるんだけど、実はよくよく見ると、リアリズムを描くのならば大事な部分や描写も割とあっさり省いたり、逆にそれを入れるとリアルじゃなくなるという描写やシーンを思いっきり入れてきたりして、べつにリアリズムを目的とした映画作家じゃないんですよね。
例えば『ダークナイト ライジング』の合戦はリアリズムとは真逆な例として1番有名じゃないでしょうか。
じゃあリアリズムを追求してる訳じゃないなら、何のために本物にこだわるの?
と言う前に、ノーラン監督作品には毎回それぞれテーマがあると思います。
しかも、ある作品では「愛」とか、ある作品では「正義」とか、ある作品では「心」みたいな大きくて非常にザックリしたものがテーマになっています。
そしてザックリしてる割には、映画を観た人にもそのテーマは結構伝わってるんじゃないでしょうか。
さっきの話に戻りますが、なんのためにリアルの抽象化なんてするのかというと、「作品のテーマそのものを抽象化したい」そのための手段としてリアルの抽象化をしてるんじゃないかと思います。
なんでそんなめんどくさいことするのって?
なぜなら「愛」とか「正義」とか「心」とか、それ自体がそもそも非常に抽象的で、しかし「映画作品」として抽象化したい。
抽象的なものを更に抽象化したところで、何だかよく分からないぼやけた印象を観客に与えるだけで、大事なテーマが伝わらないかもしれません。
だからその間にリアリズムを挟むんですね。
抽象的なテーマを、徹底した本物志向とリアリズムで固めて観客に実在感を与え、それを今度はまた映画作品的に抽象化して描いてみせることで、ノーラン作品独特の終盤のエモさに着地するんじゃないでしょうか。
かといって、今までのノーラン監督作品の全てが同じ分量で抽象化されてたかといえば、そうじゃないと思います。
僕の印象では作品を重ねるごとに少しずつ抽象化のレベルが上がってる気がします。
つまり、この『ダンケルク』はこれまでのノーラン作品の中で断トツで抽象化のレベルが高いと言えるんです。
じゃあこの『ダンケルク』のテーマとは、何を抽象化してるのか。
今回ノーラン監督がやろうとしたのは『ダンケルク スピリット』そのものの抽象化なんですね。
単にスローガンとして使われる言葉だけれど、実はその中にある精神や苦難や希望だったり、もはや言葉ではダンケルクスピリットに宿った本来の“それ”を感じることができない世代に映画の体験という形で抽象化して伝えたんだと思います。
実際にノーラン監督は若い頃に奥さんと一緒にこの『ダンケルク』と同じ英仏海峡を小船で19時間かけて渡ってみたことがあるんですよ。
その時は天候も悪いし道のりも長いし、ずっと波で揺れていて、「ものすごく恐くて大変だった」と言ってるんですよ。
結果的にはその体験が、長い時を経て『ダンケルク』という映画を作るキッカケになってるんですよ、これが。
その体験を人々に与えられる手段がノーラン監督の場合は映画ということなんですね。
そして、今回やろうとした事がダンケルクスピリットの抽象化ということなんですが、
そういうばよぉ、抽象化ってよぉ、対象の注目すべき要素を重点的に引き出して他は無視したり省いたりすることを言うんだよなぁ〜、おっと、邪魔したな〜。(だからあんた誰?ていうかありがとう!)
ということで、まあノーラン監督がやろうとしたのは「ダンケルクスピリット」の抽象化って言いましたよね。
つまり描きたいのは個人のストーリーや人間ドラマじゃないんですよ!
だからこの映画からセリフやストーリーをほとんど無くしたんですよ。
しかもストーリーだけじゃなくて、主要な登場人物達の個人的な背景も省いてます。
だから敢えて主人公は無名の俳優をキャスティングしてるんですね。
あれだけ本物を用意してリアルに再現してるのに追い詰める側の「ドイツ軍」という単語は出てこなくて「敵」とだけ呼ばれ、しかもその姿も見えないんです。
戦争映画の割には戦場にほとんど死体が映らないは救助するための戦いだからというのもまあ一応ありますが、実際には空爆などで何千人もあの浜辺で死者が出てるんですけど、ノーラン監督が描きたいのは戦争ではないのでどうしても必要な死体以外そこも省いてるんですね。
そして空爆でそれだけ死者が出た、つまり空にはもっともっと沢山の戦闘機の数が飛んでないとおかしいんですけど、そこもリアルではなく「撤退を助ける英軍戦闘機とそれを邪魔する敵の戦闘機」を表す数機だけに抽象化されてます。
もっと言うなら、このダンケルク戦い(ダイナモ作戦)自体の割と大事な詳細も遠慮なく省かれてます。というより「陸」「海」「空」の3つの時間軸に分けることでうまく抽象化されてます。
そうやって、「ダンケルクスピリット」を抽象化する為の重要な要素以外を次々と削ぎ落としていったら、上映時間が長くなりがちなノーラン作品の中で最短の106分という記録を叩き出したわけなんです!
もちろん、「史実ベース」という強固なプロットがあったから極限まで削ぎ落とせたんだと思いますけどね。
ちなみに、僕がこの映画で1番最初に驚いたのは上映時間が106分というところでしたからね。笑
でもこの上映時間の短さが、普段はノーラン作品に行かない人も観に行くきっかけなって大ヒットにも繋がったんですよね。
ここでちょっとノーラン監督の作家性のおさらいをすると
● 本物主義
● リアリズム
● IMAX70mmフィルム
● 時間軸をいじる
● ハンス・ジマーを始めとするノーラン組(スタッフ)
● リアルの抽象化=テーマの抽象化
ということで、これまでノーラン監督についてずっと説明してきたような文脈でこの『ダンケルク』を観ると、もちろん好みはそれぞれあるとして、実はこれまでのノーラン監督の数々の映画の中では最もテーマと作家性が結実した作品だと思います。
ラストシーンについて
少しネタバレっぽくはなりますが、もしまだ映画を観てなくても読んだところでそこまで影響はないかと思います。
最後とある人物が生き残って列車の中で新聞を読みながら苦い顔をしてましたね。
普通ならこの大撤退を成し遂げた事を鼓舞するようなシーンなんだけど、1人苦い顔をしてますね。
それはなぜ?
ということで、どちらかと言えばオープンなラストになってると思うんで観た人それぞれの感じ方や解釈で良いんじゃないでしょうかね。
僕は個人的に思ったのは、一応物語上では沢山の兵士が無事撤退できました〜めでたし〜で終わるんだけど、戦争は終わってないんですよ。
苦難を乗り越えてやっと生きて帰ることができたと、生きているとはなんと尊いことか!と皆が思いますよね。
しかし、新聞に書かれているチャーチルの演説は雄々しい勇敢な言葉でイギリスを鼓舞するような内容で、つまりせっかく助かった命を次の戦場で散らせて来てほしいと言っているのと実は変わりないんですよね。
事実、歴史を振り返れば『プライベート・ライアン』を観たら分かるとおり、彼らは後にダンケルク以上の地獄へ行く事になるわけですからね。
生き残ったのに、また死んでこい。
それが戦争というもの、という何かが透けて見えるようなラストの苦い表情じゃないでしょうかね。
あとこれも、最後とある人物が戦闘機を燃やす場面がじっくり映し出されますね。
なんで燃やすの?っていうのは疑問にあると思うんですけど。
まあ一般的に考えたら敵にこちらの技術を無傷で渡さないために燃やしたり沈めたりするのは普通のことなんですけど、それと同時に理不尽な死に方でちゃんとした葬いもされない死んだ戦友達への火葬のようにも見えますし、その後の更なる戦火を不吉に暗示してるようにも見えます。
やはりこれも、戦争に関して「めでたし」では終わらせないという明確な意思を感じますね。
終わりに
長くなってしまいましたが。
なんだかんだ最後まで見たぞ?
それは嬉しいですね!
この『ダンケルク』、戦争の中での人間ドラマを期待するのではなく、「ダンケルクスピリット」とは何なのかを体験しに行くつもりで観ると楽しめると思います。
「生きたいという思い、命を救いたいという思い、その行為を助けたいという思い」逆境に負けない強い思い、相互の手の伸ばし合いがそれらを1つに繋げた命のリレー、まさにダンケルクスピリットを体験する映画ですね。
クリストファー・ノーラン監督は観客に映画をただ観るのではなく体験してもらいたいと考えてるのは言ったと思いますが、そこには映画館に足を運んで観に行くという体験も含まれてるんですよ。
なので、映画館の環境でしか味わえない部分の感動があるのは確かです。
それはストーリーではなく、映像を見て聴いて当時のダンケルクを体験するという言葉にできない部分の感動ですね。
じゃあ、映画館以外では観る価値がないのかって?
そんなことないですよ!
僕も公開当時劇場のIMAXで観て、今回の機会に初めてテレビ画面でも観ましたが迫力あってすごかったですよ。
やっぱ元の映像がめちゃくちゃ綺麗に撮影されてるんでテレビ画面でも十分に味わえると思います。
あと大事なのは音ですかね、スピーカーやヘッドフォンのサラウンド環境があればベストですけど、それがなくても普通のヘッドフォンでいいんで装着してちょっと大きめな音量で観て欲しいです。
用意できる範囲で1番大きいテレビ、そしてヘッドフォン!
これがノーラン作品を楽しむ準備かなと思います。
ぜひ観てみてください!
それではここまで読んでくれてどうもダンケ!(それで締めるんかーい!ということで長々と読んでくれてありがとうございます)
映画『ダンケルク』予告3【HD】2017年9月9日(土)公開