『グランド・ブダペスト・ホテル』
第87回アカデミー賞(2015)
★【美術賞】
★【衣装デザイン賞】
★【メイキャップ&ヘアデザイン賞】
★【作曲賞】
(C)2013 Twentieth Century Fox
原題 : 「The Grand Budapest Hotel 」
公開年 : 2014
製作国 : アメリカ・ドイツ
監督 : ウェス・アンダーソン
製作 : ウェス・アンダーソ、スコット・ルーディン、スティーブン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン
製作総指揮 : モリー・クーパー、クリストフ・フィッサー、フェニング・モルフェンター
原案 : ウェス・アンダーソン、ヒューゴ・ギネス
脚本 : ウェス・アンダーソン
撮影 : ロバート・イェーマン
美術 : アダム・ストックハウゼン
衣装 : ミレーナ・カノネロ
編集 : バーニー・ピリング
音楽 : アレクサンドル・デプラ
音楽監修 : ランドール・ポスター
キャスト : レイフ・ファインズ、F・マーレイ・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム
なんかもうおしゃれな映画って観たい!って時ありますよね?
例えば、仕事から帰り玄関の扉を開けた時に、何?この生活感溢れるこのダサい部屋…とかふと急に思ってしまう事とか全員月に1度はあるじゃないですか?(決めつけ)
そんな時は、この映画なんかはうってつけじゃないですかね。
豪華キャストによるおしゃれな世界観の大人なコメディドラマ!
そして、この映画というよりは、この映画を作った人。
アメリカ映画界でも屈指のおしゃれ映画職人のウェス・アンダーソンという監督の作品である!ということ自体が特徴になってしまうところなんかを色々と紹介できたらと思います。
今の映画好きにはおなじみの監督と言ってもいいですね!
おしゃれな映画だぁ?そんな気分じゃねえ!
という人はとりあえず今日のところは『激情版 エリートヤンキー三郎』でも観るといいかと思います。
あらすじ
時は第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間である1932年、ヨーロッパの高級ホテル『グランド・ブダペスト・ホテル』。
この誰もが憧れる華やかなホテルには最高のコンシェルジュとして名高いグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)がいて、彼の顧客に対する行き届いたサービスは年老いたマダムの夜を満足させるところにまで及び、そんな彼を目当てに客達はグランドブダペストホテルに足を運ぶほどでした。
その中の1人であるマダム・D、彼女もまた長年グスタヴを目当てにホテルに訪れていましたが、ある時「もう会えない気がする」と寂しそうな顔をして帰っていきました。
1ヶ月後、新聞でマダム・Dの死亡記事を見たグスタヴは駆け出しロビーボーイのゼロと共にマダムの邸宅であるルッツ城へ急いで向かいます。
そこから2人は、マダム・Dの遺産をめぐる騒動に巻き込まれていくのです。
マダム・Dの殺人容疑をかけられたグスタヴは真相を突き止めれるのか。
豪華キャスト陣の濃いキャラクター達によるドタバタ劇。
おしゃれで笑える冒険活劇の裏にあるメッセージとは何なのか。
その辺に注目して観ると楽しいかと思います。
主要登場人物&キャスト
● ムッシュ・グスタヴ・H 役
演 : レイフ・ファインズ
劇中ではグランドブダペストホテルのコンシェルジュ、グスタヴを演じています。
イギリス・サフォーク州出身のイギリスの俳優さんです。
舞台俳優としてキャリアをスタートさせ、その後映画にも出演したするようになります。
1993年のスピルバーグ監督による映画『シンドラーのリスト』でのナチスのSS将校アーモン・ゲート役が評価され映画俳優として注目してされるようになります。
その後は『イングリッシュ・ペイシェント』を始め数々の映画に出演します。
その中でも幅広い世代に知られるのは『ハリー・ポッター・シリーズ』の最大の敵である闇の魔法使いヴォルデモートじゃないでしょうか。
● ミスター・ムスタファ 役
演 : F・マーリー・エイブラハム
劇中では1968年の寂れた時代のグランドブダペストホテルの孤独なオーナームスタファを演じています。
アメリカ、ペンシルバニア州ピッツバーグ出身の俳優さんです。
シリアから移民した父親と、イタリア系アメリカ人の母親との間に生まれます。
『スカーフェイス』を始め様々な映画に出演しています。
その中でも代表的なのは『アマデウス』のサリエリ役で、その年のアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。
● ゼロ 役
演 : トニー・レヴォロリ
劇中ではグランドブダペストホテルのベルボーイのゼロ(後のミスター・ムスタファ)を演じています。
カリフォルニア州アナハイムで生まれたアメリカの俳優さんです。
両親はグアテマラのフティアパ出身で、父親もグアテマラで俳優をしていました。
2歳のとき子役としてキャリアがスタートし、この作品で注目されます。
その後は『スパイダーマン : ホームカミング』や『スパイダーマン : ファー・フロム・ホーム』などに出演しています。
● アガサ 役
演 : シアーシャ・ローナン
劇中では菓子店メンドルの店員アガサを演じています。
ニューヨークで生まれ、3歳の時にアイルランドに移り住んだアイルランドの女優さんです。
9歳の時に子役としてキャリアをスタートさせ、アイルランドのTVシリーズなどに出演します。
2007年の映画『つぐない』で13歳という史上7番目の若さでアカデミー助演女優賞にノミネートされ一気に注目されます。
その後は『ラブリーボーン』や『ブルックリン』『レディ・バード』などで主役を務めるなど活躍しています。
● マダム・D 役
演 : ティルダ・スウィントン
劇中ではマダム・Dを演じています。
ロンドンで生まれイギリスの女優さんです。
名門ケンブリッジ大学を卒業後ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで演劇を学びます。
1986年の『カラヴァッジォ』で映画デビューを果たし、その後は『ザ・ビーチ』や『ディープ・エンド』『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』『オクジャ/okja』をはじめ数々の映画に出演しています。
2007年の映画『フィクサー』ではアカデミー助演女優賞を受賞しています。
近年では『ドクター・ストレンジ』や『アベンジャーズ /エンドゲーム』などにも出演しています。
● セルジュ・X 役
演 : マチュー・アマルリック
劇中ではマダム・Dの屋敷に務める執事のセルジュを演じています。
フランスのオー=ド=セーヌ出身のフランスの俳優さんです。
1984年に『Les Favoris de la Iune』で映画デビューし、主にフランス映画の世界で様々な作品に出演します。
そして、主演を務めた2007年の映画『潜水服は蝶の夢を見る』がアカデミー賞の4部門にノミネートされ、注目を集めます。
● ドミトリー 役
演 : エイドリアン・ブロディ
劇中ではマダム・Dの長男で、遺産を狙うドミトリーを演じています。
ニューヨークのクイーンズで生まれのアメリカの俳優さんです。
1986年にテレビ映画でデビューします。
その後は様々な映画に出演し、2002年の映画『戦場のピアニスト』では29歳という史上最年少でアカデミー主演男優賞を受賞します。
ちなみに、ウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
● ジョプリング 役
演 : ウィレム・デフォー
劇中ではドミトリーの右腕で、私立探偵を名乗る危険な男ジョプリングを演じています。
アメリカのウィスコンシン州出身のアメリカの俳優さんです。
1981年の『天国の門』で映画デビューしますが、編集の都合でカットされます。
1985年の映画『L.A.大捜査線/狼たちの街』で注目され、1986年に『プラトーン』で世界的な評価を得ます。
その後は、数々の映画に出演しその存在感を発揮しています。
近年では『アクアマン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『永遠の門 ゴッホの見た未来』などの注目作に出演しています。
ちなみに、ウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
● コヴァックス 役
演 : ジェフ・ゴールドブラム
劇中ではマダム・Dの遺言執行人の弁護士コヴァックスを演じています。
アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグ出身のアメリカの俳優さんです。
1974年に『狼よさらば』で映画デビューします。
主演を務めた1986年の映画『ザ・フライ 』で注目され、その後は『ジュラシック・パーク』『インデペンデンス・デイ』などの大作映画にも出演します。
近年でも『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』『ジュラシック・ワールド/炎の王国』や『マイティー・ソー/バトルロイヤル』などの続編や大作映画にも出演しています。
ちなみにウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
● ルートヴィヒ 役
演 : ハーヴェイ・カイテル
劇中ではグスタヴと共に刑務所を脱獄するルートヴィヒを演じています。
ニューヨークのブルックリン出身のアメリカの俳優さんです。
マーティン・スコセッシ監督の『ドアをノックするのは誰?』で長編映画デビューを果たします。
1975年に、同じくスコセッシ監督の映画『タクシードライバー』の売春宿のポン引きの役を演じて注目されますが、その後はトラブルなどから上手くいかない時期が続き1990年のリドリー・スコット監督の映画『テルマ&ルイーズ』で再注目されます。
その後は『バクジー』『レザボア・ドッグズ』をはじめ数々の作品に出演し、幅の広い演技で活躍しています。
ちなみに、ウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
● 作家 役
演 : トム・ウィルキンソン
劇中では、1985年に書斎で語る「作家」を演じています。
イギリス、ウェスト・ヨークシャー出身のイギリスの俳優さんです。
1970年代からテレビと舞台の世界で活躍します。
その後は映画にも出演するようになり、『フル・モンティ』『恋に落ちたシェイクスピア』『フィクサー』を始め数々の注目作に出演しています。
● 若き日の作家
演 : ジュード・ロウ
劇中では、1965年のグランドブダペスト・ホテルで、とある老紳士から話を聞く「若き日の作家」を演じています。
イギリス、ロンドン出身のイギリスの俳優さんです。
12歳から演技を始め、10代の頃は多くの舞台に立ちます。
1993年の映画『ショッピング』で映画デビューし、その後は『真夜中のサバナ』『ガタカ』『オスカー・ワイルド』などに出演し、1999年の映画『リプリー』ではアカデミー助演男優賞にノミネートされます。
その後は『スターリング・ラード』『A.I』など数々の映画に出演し、近年では『キャプテン・マーベル』や『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』のダンブルドア役などがあります。
● ヘンケルス 役
演 : エドワード・ノートン
劇中では、軍警察の将校ヘンケルスを演じています。
アメリカ、マサチューセッツ州で生まれメリーランド州コロンビアで育ったアメリカの俳優さんです。
1993年から舞台に出演し、1996年に『真実の彼方』で映画デビューを果たします。
1998年に『アメリカンヒストリーX』、翌年に『ファイトクラブ』と立て続けに重要な作品に出演し、演技力を評価されます。
その後も、数々の映画に出演しています。
近年では『バードマン あるあは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でアカデミー助演男優賞にノミネートされています。
● ムッシュ・ジャン 役
演 : ジェイソン・シュワルツマン
劇中では、1968年時のグランドブダペストホテルのコンシェルジュであるムッシュ・ジャンを演じています。
アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス出身のアメリカの俳優さんです。
17歳で演技を始め、1998年のウェス・アンダーソン監督の映画『天才マックスの世界』で映画デビューします。
その後も、数々の映画に出演しています。
特にウェス・アンダーソン作品の常連になっています。
● クロチルド 役
演 : レア・セドゥ
劇中ではマダム・Dの屋敷のメイドのクロチルドを演じています。
フランスのパリ出身の、フランスの女優さんです。
2006年の『Mes Copines』で映画デビューし、2008年には『イングロリアス・バスターズ』でハリウッド進出を果たします。
その後数々の映画に出演し、2013年の映画『アデル、ブルーは熱い色』ではカンヌ国際映画祭において作品だけではなく、例外的に主演女優賞としても同映画祭史上初めてパルム・ドールを受賞します。
● ムッシュ・アイヴァン 役
演 : ビル・マーレイ
劇中では、エクセルシオール・パラスのコンシェルジュで「鍵の秘密結社」の1人でもあるムッシュ・アイヴァンを演じています。
アメリカ、イリノイ州シカゴで生まれたアメリカの俳優さんです。
若い頃に兄に勧められて即興劇団セカンド・シティに参加し、その後1977年から1980年まで人気バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演し人気を博します。
同時期に映画デビューも果たしており、特に1984年の映画『ゴーストバスターズ』で注目されます。
その後も数々の映画に出演しています。
ちなみにウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
● ムッシュ・チャック 役
演 : オーウェン・ウィルソン
劇中では、グスタヴが刑務所送りになった後でグランドブダペストホテルのコンシェルジュになったムッシュ・チャックを演じています。
アメリカ、テキサス州ダラス出身のアメリカの俳優さんです。
今作の監督ウェス・アンダーソンとはテキサス大学オースティン公で出会って以来お互いに協力したり切磋琢磨する仲間です。
1996年のウェス・アンダーソン監督による映画『アンソニーのハッピー・モーテル』で役者デビューし、その後は『アナコンダ』や『アルマゲドン』『ズーランダー』など数々の映画に出演します。
近年では『ミッドナイト・イン・パリ』や『ワンダー 君は太陽』などがあります。
ちなみに、もちろんウェス・アンダーソン作品にもよく出演しています。
☆1分でサクッと紹介☆(ネタバレなし)
知ってる人はお馴染みのウェス・アンダーソン監督の作品です。
知らない人は是非1度ご覧になっていただきたいですね。
なぜなら、どういう話の映画なのかと言うよりもまず先に「ウェス・アンダーソン作品」として宣伝されるぐらいネームバリューと作家性(個性)を持つ監督の映画なんです。
で、その作家性とはどんな特徴かと聞かれればひと言しかありません。
おしゃれ、です。
とにかくおしゃれ!
キャラクターやカメラワークや音楽や美術などが絶妙なセンスとバランスで成り立っていて、総じてこれをおしゃれと呼ぶしかありません。
その画面作りや映像に対しての美意識の追加っぷりは凄まじく、例えば実写では頭のイメージが表現出来ないとなるとストップモーションアニメといった人形やミニチュアを使ったり、時には全部それだけで映画を作ってしまったりするぐらいなんですね。
そんなウェス・アンダーソン監督の1つ集大成のような作品がこの『グランド・ブダペスト・ホテル』なのです。
どんな物語かというと、リアルと架空の入り混じるヨーロッパを舞台に、殺人容疑の濡れ衣を着せられた高級ホテルのコンシェルジュが相棒の少年と一緒に逃亡しながら真相を探していく冒険活劇です。
ウェス監督作品らしい独特なユーモアと軽快なテンポでとても楽しい作品でありながら、その裏には「戦争」や「文化」そして「物語について」の思いが非常に込められた映画となっているのです。
そして架空のコメディ映画だったはずが、最後は僕たち観客の現実世界に触れてくるような感覚に戸惑いを与えます。
それはつまり「物語が次の誰かに伝わった」という瞬間でもあり、この映画のテーマをハッと感じることができると思います。
画面のどこを切り取ってもおしゃれな映像に耳に残る音楽と豪華役者陣のキャラクター合戦といまるでカラフルな洋菓子の詰め合わせのような箱庭的な世界観に今作は「物語」としての深みも加わって、まさに圧倒的な密度で繰り広げられるウェス・アンダーソン監督の世界に浸って下さい。
★もっと知りたい人はこちら★紹介・解説(ネタバレあり)
ウェス・アンダーソン監督の世界
まず基本として、この『グランド・ブダペスト・ホテル』という映画はどんな内容の作品なのかの前に、ウェス・アンダーソンという監督の作品である!ということが大きな特徴となる映画なんです。
なんと言いますか、映画の中に監督の特徴や世界観が強く表れていて、観客の方も多くの人がそれを共有しているタイプの作品です。
近年だとクエンティン・タランティーノ監督やクリストファー・ノーラン監督なんかはそうですよね。
日本だと分かりやすいところだとジブリの宮崎駿監督だったり、新海誠監督みたいな感じですかね、予告だけ観ても「あの監督っぽい!」ってすぐに分かるようなタイプの監督作品なんです。
ということで、ウェス・アンダーソン監督の作品はどんな特徴があるのか簡単にあげていきますね。
● まずは徹底的にこだわった画面作りですね。
美術や衣装や小道具にまでこだわって、あと色使いも非常に鮮やかで強烈でカラフルです。
そしてカメラの構図が左右対象の画面になっていることがとても多いんですよね。
その中に洒落た服を着た登場人物達がバシッと収まるように配置されてい、すごくグラフィカルな画面作りになっています。
つまり、どの場面で停止してもその画面を「写真」として飾れそうな映画を毎回作っている監督なんです。
● その画面を映すカメラワークも特徴的で、縦や横の直角や、奥から手前の真っ直ぐなど、とにかくやたらと直線的に動かすカメラワークを多用しています。
● あとキャストも、常連俳優がたびたび出演しているのもウェス監督作品のお馴染みになっていますね。
● 登場人物達のセリフがとてもユーモラスでリズミカルで、とにかくテンポが良いです。映画がサクサク進みます。
セリフだけで語るのではなく、映像で語ることが多いのもテンポの良さにつながってますね。
● セリフだったり、小道具だったり、展開だったりに、独特なユーモアがあります。
そう、「ユーモア」なんですよね。「お笑い」とはまた違う感覚です。
爆笑ではなく思わずクスッとなってしまう感じですね。
● 中年男と少年の友情、もしくはそれに類似した形の関係というのもよく描かれていますね。
そして何か大切なものを“喪失”した人達であることが多いんです。
● そして音楽もかならず特徴的なテーマのメロディラインがあり、時には効果音の役割も果たしてるぐらい音色やリズム、鳴り出すタイミングにまでこだわっています。
● 劇中劇があるのも特徴ですね。つまり映画のなかで別の映画や演劇が展開するシーンがあるということです。
分かりやすい劇中劇ではないにしろ、物語の中の物語という点でこの『グランド・ブダペスト・ホテル』は、作品自体の構造が劇中劇のようになっていますよね。
● あとこれもウェス・アンダーソン監督のテーマとして大事なことですが、ここではない何処か、つまり「まだみぬ土地へのあこがれ」のようなものが常にどの作品にも感じられます。
これはアメリカのテキサス州というステーキにかぶりつくかの如くワイルドな風土や気質に馴染めなかった孤独な映画少年だったウェス・アンダーソン監督が昔のフランス映画は日本映画を観ながら「まだみぬ土地まだみぬ文化への憧れ」を募らせていったのが今でも根幹にずっと残っているのです。
といった感じで、簡単にあげただけでもウェス・アンダーソン作品にはこれだけ沢山の特徴があるのが分かってもらえたんじゃないでしょうか。
そうやって特徴を色々あげてみたことですごく面白いと思ったのが、逆にめちゃくちゃ「作り物っぽい」んですよ。
普通に考えたら。
画面の構図にしても、カメラの動きにしても、美術にしても、音楽にしても、役者のセリフ回しにしても、今まであげた特徴のほとんどが、「これは全て人がやっていますよ!」感を強調するような手法ばかりをあえて多用してるんですよ。
なのに、ですよ。
その「作り物の世界」を「ウェス・アンダーソンの世界」として変換して我々観客を没入させるほどのセンスとバランスがすごいんです。
これって言っちゃえば元々何にも存在しないところから空間を時間を世界を物語を作り上げる、まさにこれぞ映画監督という仕事をする人なのです。
ちなみにウェス・アンダーソン作品に全然乗れない受け付けないという人は、逆に今言ったような「作り物の世界」の部分がきっと大きい要因になってるのかなと思います。
個性豊かなキャラ&豪華キャスト
ウェス・アンダーソン作品といえば豪華キャストによる個性豊かなキャラクター達も見所の1つです。
特に今作なんかは、「主要登場人物&キャスト」の項目を書くのに非常にめんど…熱を入れたぐらい登場人物が多いんです。
あまりに登場人物が多いし、映画のタイトルも『グランド・ブダペスト・ホテル』なので公開当時劇場で観るまではてっきりホテルを舞台にした群像劇だと思っていたほどです。
※ホテルなどの大きな場所に様々な人生を経て来た人間が集まって物語が展開するような群像劇の方式のことを、その元祖と言われる映画『グランド・ホテル』にちなんでグランドホテル形式と呼びます
しかし、いざ作品を観ると全然違ってむしろ王道の冒険活劇だということろもウェス・アンダーソン監督にしてやられたという感じですね。
しかし登場人物が多いのは確かで、その中でも注目したいのがやはり主役であるムッシュ・グスタヴを演じたレイフ・ファインズです。
『シンドラーのリスト』『イングリッシュ・ペイシェント』などの言わずと知れたイギリス俳優ですが、このヨーロピアンな佇まいがまさにグスタヴには必要であり、優雅さを纏った下にある弱さもうっすら感じさせなければならない、ということでこれ以上ないハマり役だったと思います。
そしてもちろんウェス作品の常連俳優の面々もとても良かったです。
僕がウェス作品を好きな理由の1つに、僕の好きな俳優さんが何人も常連俳優になっていることもあるんですよね。
例えばビル・マーレーやウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラムにエドワード・ノートン、そして『アルマゲドン』の時はあんなチャラくて軽い役者だったのに年を重ねて近年すごく良い役者になってきたオーウェン・ウィルソン。
皆それぞれ思い入れがあって好きな俳優さんなんですよね。
それがウェス作品では常連俳優ということで集まることが多いのでやっぱ僕としては好感を持って観てしまいます。
ウィレム・デフォーが演じたジョプリングというキャラクターも良かったですね。
ボス的存在の片腕としての仕事人的な狂気が『ライフ・アクアティック』では子供のようなキュートさの方向でしたが、今作のような真逆の方向に仕事人的な狂気が向かうとこんなに恐ろしいキャラクターになるのかと思いました。
あと常連俳優で言えば、ジェイソン・シュワルツマンやハーヴェイ・カイテルやティルダ・スウィントンやエイドリアン・ブロディもいますね。
ちょっと変わった画面作り
この映画を観た人なら分かると思いますけど、現代から始まって、1985年に遡り、1968年に遡り、さらに1938年に遡るという設定が出てきますよね。
その時代ごとに画面のサイズも変わります。
具体的には縦と横の比率ということなんですが、これをアスペクト比と言います。
冒頭と終わりの、現代の場面でのアスペクト比は1.85 : 1で、今劇場で上映しているような主流の形です。
1985年の時代設定の場面でも同じくアスペクト比は1.85 : 1です。
1968年の時代設定の場面では2.40 : 1というすごく横長のアスペクト比で、これはシネマスコープサイズいわゆる「シネスコサイズ」と言われるもので昔の大作映画でよく使われた形になります。
そして1932年の時代設定の場面では1.37 : 1というアスペクト比で、いわゆる「アカデミー比」呼ばれる正方形に近い形でハリウッド映画黄金期のサイズですね。
ということで、各時代ごとにその時に映画館で主流だったアスペクト比で撮影しているわけなんですが、アスペクト比が変わるごとにちゃんと画面の構図や人物の配置なども考えられていて、とても手間がかかることをやっているんです。
それを撮影したのが撮影監督のロバート・イェーマンという人物です。
ウェス・アンダーソン作品では『アンソニーのハッピー・モーテル』から全ての実写長編映画の撮影を担っているぐらい信頼されている撮影監督です。
では、なんでわざわざそんな手間のかかることをしたのかって?
ウェス・アンダーソン監督によれば「一度やってみたかった」とのことです。
結構シンプルな理由でしたね。
しかし、単なる思いつきってわけでもなくて実はしっかりと作品のテーマとも合っているのです。
なぜかといえば、アスペクト比といった画面のサイズだけじゃなくて、その時代その時代の映画の演出や手法やカメラワークなどを取り入れてるんです。
つまり昔の映画のアスペクト比の時は、かつてほ昔の映画らしい“楽しさ”までも再現してるということです。
受け継がれてきた映画という芸術、または文化、それがこの作品によって現代の僕らへと届く、その縦の線をすごく意識した作りはこの映画のテーマとも合致しているわけです。
(C)2013 Twentieth Century Fox
これは現代パートのアスペクト比で1.85 : 1という今現在主流のサイズです。
(C)2013 Twentieth Century Fox
1985年時代のパート、こちらもアスペクト比が1.85 : 1で、この頃から主流のサイズが変わってないんですね。
(C)2013 Twentieth Century Fox
1968年時代のパート、アスペクト比は2.40 : 1という横長のサイズで、いわゆるシネスコサイズという昔の大作映画などで使われたサイズです。
(C)2013 Twentieth Century Fox
1932年時代のパートで、1.37 : 1という正方形に近いサイズで、戦前のハリウッド映画黄金期のいわゆるアカデミー比と言われるサイズです。
映画を彩る衣装と美術
さて、この『グランド・ブダペスト・ホテル』がアカデミー賞の美術系部門を総なめしたことからも分かる通り、とにかく美術、衣装、小道具など物語を視覚的に彩る要素がどれも素晴らしいですね。
しかも、単に見た目のデザインだけで使ってるわけじゃなく画面に映る衣装やインテリアや小道具の全てに意味や背景があり、そのあたりも人工的なウェス・アンダーソン監督の世界に奥行きを感じさせるものとなってるんですね。
そして画面がシンメトリー(左右対称)なデザインなのはもちろん、いたるところにアールヌーボー様式が取り入れられているのも今回は重要な部分となっています。
ウェス・アンダーソン監督のイメージを再現するのに大きな役割を果たしているのが、ミレーナ・カノネロという人物です。
スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング 』などで衣装デザインを担当し、その後も数々の映画の衣装を手掛け、これまでアカデミー衣装デザイン賞を4度も受賞するという大御所の衣装デザイナーです。
ウェス・アンダーソン作品では『ライフ・アクアティック』『ダージリン急行』、そして4度目の衣装デザイン賞を受賞した今作『グランド・ブダペスト・ホテル』で衣装デザインを担当しています。
(C)2013 Twentieth Century Fox
小道具から衣装までこだわり抜いたビジュアル
こだわり抜いた音楽の使い方
ちなみにこの作品ではアカデミー作曲賞も受賞しています。
それも納得するぐらい、とても音楽が印象に残る映画でもあるんです。
音楽を手掛けたのはアレクサンドル・デスプラという音楽家で、現代を代表する映画音楽家の1人として知られていますね。
それこそ『GODZILLA ゴジラ』のような大作から『おとなのけんか』のような小規模なコメディまで、あげればキリがないほど幅広く多くの映画音楽を手掛けているんですが、近年だと『シェイプ・オブ・ウォーター』なんかは特に印象に残る音楽でしたね。
ウェス・アンダーソン作品では『ファンタスティック Mr.FOX』『ムーンライズ・キングダム』、それと今作、そしてもちろんこの次の『犬ヶ島』も音楽を担当しています。
ちなみにこの作品ではクラシックと民族音楽の音を組み合わせて全体的な世界観を作っています。
そして主要な登場人物にはそれぞれにテーマと呼べるようなスコアや音色と結びつけられていてそれらが作品内の映像や展開に呼応するように鳴っています。
例えば、分かりやすいところだとドミトリーとジョプリングには重々しく深い教会のオルガンの音と結びつけられていて、葬式を連想させる教会オルガンの音色は殺人者コンビにとてもふさわしいものとなっています。
あとは、わざと音楽を締めくくりの一小節手前で急に止めてこちらの気持ちを宙吊りにしたり、逃走劇では映像の動きと音楽のリズムを完全に同期させたりと、細かいところまでこだわっているのです。
最後のシュテファン・ツヴァイクとは何者か
この映画を楽しく観てると、唐突に最後はしゅん…と終わり、そして字幕で「この作品は、シュテファン・ツヴァイクの著作と生涯に着想を得た」と出てきて終わります。
この一連の幕切れに、なんだ、なんだ?と思った人もいると思います。
ということでシュテファン・ツヴァイクという人物のことを知れば、この映画をのことを理解することができると思います。
シュテファン・ツヴァイクという人は1881年にオーストリアに生まれた小説家です。
当時のトップクラスのベストセラー作家で、めちゃくちゃ有名だった人です。
そして、彼はいわゆる「世紀末ウィーン」の住人ですね。
● 世紀末ウィーンの世界
19世紀末のオーストリア=ハンガリー帝国といえば首都のウィーンで、現代から振り返ってこの頃のウィーンを指す時には「世紀末ウィーン」あるいは「世界都市ウィーン」と呼ばれることもあるほど、文化が成熟し優雅で刺激的な都市でした。
もちろん急に誕生したわけじゃなく、ヨーロッパ全体の歴史的背景の流れの中でそうなっていくわけですが詳しい事は省略します。
とにかく、19世紀末ヨーロッパではナショナリズムによる国家統一が潮流となる中でオーストリア=ハンガリー帝国は他民族・多文化共存という方針を取りました。
その結果、ユダヤ人などのヨーロッパの他の国から追い出されたりした色々な民族の人々が集まってきて賑やかになり首都のウィーンでは新しい文化や芸術が生まれ、国を治めるフランツ・ヨーゼフ1世がそれを推奨し庇護する立場をとったこともあり成熟していったんですね。
その「世紀末ウィーン」で生まれた文化や芸術や建築や音楽や哲学などが現代に与えた影響はとても大きく、つまりそれぞれの業界の歴史上の人物達が一同にあの時代のウィーン界隈にたむろしていたわけで、そこで色々なものが影響を受け合い刺激が渦巻いていたと考えると、なんだか想像しただけでもワクワクしてきます。
例えばなんでしょうね、ある時期のウィーンには若き日のヒトラーとトロツキーとスターリンとフライトがみな同じ界隈にたむろし、おそらく同じコーヒーハウスで飲み食いし、オットー・ワーグナーの建築のあいだを練り歩けばグスタフ・クリムトが絵画を描き、耳を澄ませばマーラーやフーゴ・ヴォルフの多声音楽が聞こえ、かたやどこかの部屋ではアルトゥル・シュニッツラーやヘルマン・バールが革新的なエッセイや小説を書いている。
まあ圧縮するとこんな感じなわけです。
濃ゆ!
ほんとそうですよね。
しかもそのあと更に、世紀末ウィーンに「表現主義」の波が到来すると、音楽ではシャーンベルク、絵画ではシーレやココシュカ、哲学ではヴィトゲンシュタインなどかまた新しい渦を作っていくわけですよね。
いや、濃ゆ!!
そうなんですよ、説明しようにもこんなものは僕の手に負えません。
ということで、どれだけ当時のウィーンが文化的に隆盛な雰囲気か分かってもらえたと思いますが、そこで優雅に活躍した中の1人が当時世界的人気作家のシュテファン・ツヴァイクです。
● シュテファン・ツヴァイクの人生
ツヴァイク は1981年にウィーンで生まれ、父親は紡績工場を経営し母親はユダヤ系イタリア人の銀行家一族の出身で、その財力のおかげでウィーン社交界に出入りするようになります。
やがて世紀末ウィーンの優れた文化的環境の中で文学や芸術に触れる中で詩集『銀の弦』で文壇にデビューします。
やがて第一次世界大戦が始まり、ツヴァイクは愛国的ではあったものの銃を取ることを拒否し陸軍省の戦時文書課に勤めます。
そしてヨーロッパ統一を支持する反戦論者となります。
しかしその姿勢が当局に警戒され、チューリッヒに移り、その後はベルリンに行き、そしてオーストリアに戻ってザルツブルク近郊にあるカプツィーナベルクの山中に邸宅を構え、そこで過ごします。
そして、その邸宅はヨーロッパ上流文化スター達の社交場のようになっていきます。
1934年、ヒトラーがドイツで実権を握るとユダヤ系のツヴァイクはオーストリアを離れてイギリス、その後ニューヨークへ、最終的にブラジルのペトロポリスに移住しました。
晩年のツヴァイクの著作の多くは青年時代をウィーンについてのものでした。
そして、かつて自分が愛したウィーンの、いやヨーロッパの上流文化がファシスズムと戦争によって徹底的に破壊されていくのを見届けて、その未来に絶望します。
1942年の2月22日に、ブラジルで再婚した2番目の妻と共に自殺し、当時のスター作家だった彼は、その生涯を終えます。
その後、それほど彼の作品は読まれなくなり、忘れられた作家となっていくのです。
「ツヴァイクという物語」と出会ったウェス・アンダーソン
大雑把にですが、シュテファン・ツヴァイクという作家の生涯について知ってもらえたと思いますが、いやあこれまた悲しい最後でしたね。
しかし
この映画と、どう関係あるの?
と思いますよね。
この映画を作る数年前にウェス・アンダーソン監督はパリの本屋でたまたまシュテファン・ツヴァイクの『心の焦燥』という本を1冊手に取り何ページか読んでみて、すぐに気に入り映画にしようと思い彼の他の本も読みあさったそうです。
なぜウェス・アンダーソン監督はツヴァイクの作品と生涯にここまで惹かれたんでしょうか。
それは、今は失われてしまったけど、かつて短い間だけ存在した“人々が争いではなく文化や芸術を華麗に謳歌した理想のヨーロッパ”がツヴァイクの青年時代や著作の中には確かに存在していて、まさに「ここではないどこかへ」の憧れを常に抱いているウェス・アンダーソン監督の求める世界と失われた理想郷(ヨーロッパ)が時代を超えて共鳴したわけです。
そしてこの映画のコンシェルジュであるムッシュ・グスタヴのモデルとなったのはシュテファン・ツヴァイクなのです。
このグスタヴはグランド・ブダペスト・ホテル同様に華麗なヨーロッパなる文化そのものをその身に背負った存在でもあります。
なので、あれだけ成熟したウィーンの、つまりはヨーロッパの華麗な文化が戦争によって破壊されて死んだように、この映画のグスタヴも最後戦争が始まった後の列車で銃殺されて死にます。
(C)2013 Twentieth Century Fox
1932年のグランド・ブダペスト・ホテル
(C)2013 Twentieth Century Fox
1968年の共産主義国家の元で衰退の途をたどることとなったグランド・ブダペスト・ホテル
最後のパートだけモノクロになる理由とは
と、まあ題してみましたけど実際のところ「観客の皆さんがそれぞれ解釈して下さいね」ということではあるんですけどね。
監督も本のインタビューで「それについては僕が言わないほうがいいでしょう」と語ってるぐらいですから。
とはいえ、単にインパクトを出すためとかオシャレっぽいからとかでは絶対にありません。
そこには必ず何かしらの意味やメッセージがあります。
ちなみに僕はこういう時、込められてるものが1つの意味だとは思いません。
モノクロという1つの場面に、複数の意味やメッセージがレイヤーのように重ねて込められているものだと思っています。
とりわけ映画などはそういうことが出来るのが総合芸術としての醍醐味でもあるんですよね。
例えば、あのパートは、あれだけ色彩豊かで華やかな物語が戦争によって文字通り“色を失う”瞬間でもあります。
あるいは、この物語はゼロ・ムスタファの回想であり、つまりは彼の記憶の中のグスタヴを見ているわけで、銃殺されるグスタヴとその後プロセイン風邪で死ぬアガサの両者がいるあの最後の列車の場面のことをゼロ・ムスタファは回想すると今でも色を失うほど心に傷を負っているともいえます。
それか、あの頃のグスタヴがかつてのヨーロッパの洗練された文化の象徴としての存在という目線で観たならば、ヒトラーがドイツ帝国首相に就任しユダヤ系であるシュテファン・ツヴァイクが平和で自由な文化の終わりを感じとってウィーンから去ったのも、洗練されたヨーロッパという文化の終わりが始まったのも、そして映画界ではカラー映画が誕生しモノクロ映画の終焉が始まったのも、どれもあの最後の列車のパートの時代にあたります。
そういった現代と引き換えに終わっていった文化への郷愁のような意味も、あのモノクロのパートには感じました。
現代で始まり現代で終わる理由とは
この映画は、現代の共産圏と思われる国の旧ルッソ墓地という所に1人の女性が訪れ、作家の銅像の前で『グランド・ブダペスト・ホテル』の本を読むところから始まり、そこのベンチで読み終わるところで映画も終わります。
映画『グランド・ブダペスト・ホテル』という物語の中に別の物語が、その物語の中にもまた更に物語が…という映画の構成になってることからもお分かりのように、これは大きく言えば物語についての映画です。
あの女性が手に取る1冊の本は何の物語だったか、それは作家が聞いたゼロの物語であり、ゼロの物語はグスタヴの物語でもあって、グスタヴの物語はグランド・ブダペスト・ホテルの物語で、そしてグランド・ブダペスト・ホテルの物語はシュテファン・ツヴァイクや彼のアルプスの邸宅や彼の愛したヨーロッパの物語なんです。
で、結局それら諸々の全ては戦争と共に消えてしまったけれど、グランド・ブダペスト・ホテルという物語のエッセンスはメンドルのピンクのお菓子箱に包まれ、メンドルの箱はピンクの装丁を施された小説へと形を変え、現代の作家の銅像の前にいる1人の女性に伝わる。
全てが消えた後、物語だけが残っているわけです。
その物語を、次の世代へ残すべく役割を担う人、それは。
ウェス・アンダーソン監督にとって重要な映画
これまでのウェス・アンダーソン監督作品に散りばめられていた手法やエッセンスがこれでもかと凝縮されていることからも集大成的な作品だと思います。
それと同時にウェス・アンダーソン監督人生の第2部の始まりの作品でもあると個人的には思ってるんですよね、この『グランド・ブダペスト・ホテル』。
これまでのウェス・アンダーソン監督作品は、これまで経験してきた出来事や感情を憧れのまだ見ぬ世界の中でもう1度繰り広げてみせるといった、どちらかといえば私小説のような映画だったと思います。
社会的な事への皮肉も調味料のように混ぜてはいますが、基本的には自分自身の物語をずっと語ってきたとも言えます。
記憶の中の体験やエピソードや感情をパズルのようにして。
だから、はっきりとしたストーリーらしいストーリーが無い作品がウェス監督作品に多いのも、そういうことなのかなと思います。
もちろん、それが良い悪いの話ではなくて、私小説的な内容とウェス監督のセンスが融合したことで爆発的なチャーミングさが生まれてここまで支持されてきたわけですからね。
それに作家性が強い映画監督は基本的に私小説のような作品が多いですしね。
これまでのウェス監督に仮にそういう前提があったとして、そして今作ですよ。
この映画はウェス・アンダーソン監督がようやく「語るべき物語を手に入れた」作品だと思います。
そう、パリの本屋でたまたまシュテファン・ツヴァイクという物語(生涯と役割やその著作など諸々全てを総称して)と出会ったことで。
『グランド・ブダペスト・ホテル』の最初の方で「作家」が「物語とは何も無いところから想像して生まれるわけではなく、誰かの物語が沢山集まってやがて物語として伝わっていく」というようなことを言っています。
映画の中で登場する小説家や映画監督でもなんでもいいですが、映画の中で何か物語を作ったり考えたりする人というキャラクターはだいたいその作品の監督が考えや思いを投影しがちなのはよくある事で、だからこの「作家」の最初のセリフというのはウェス・アンダーソン監督が「これからは自分の話ではなく、伝えなきゃならない大事な物語を“映画作品という物語”として後世に残す」という意思表示を冒頭で宣言しているわけですね。
そしてこの次の作品『犬ヶ島』もまさにそういった映画であり、やっぱり『グランド・ブダペスト・ホテル』以降の作品であると言えますよね。
(C)2013 Twentieth Century Fox
グランド・ブダペスト・ホテル=ヨーロッパという文化がリボンでパッケージされたメンドルの箱に囲まれる、ゼロの記憶の中の2人
おわりに
どうでしたか?おしゃれで楽しいだけじゃなく、色々な要素が隙間なくぎっしり詰まったお菓子箱のような映画だということが分かってもらえたでしょうか。
しかもそれを過不足なく100分で収めてしまうその手腕と才能にあらためて驚嘆させられます。
だから情報量が洪水のようでしたけどね。笑
しかし終わってみれば違う注目ポイントでまた観たい!(ハマればね)と思う映画だと思います。
是非ご覧ください。